排卵誘発剤を使うと起きること【知っておきたい、体外受精の基礎知識#3】
体外受精という不妊治療が一般的に知られるようになった昨今。不妊症に悩むカップルは6〜10組に1組と言われる今、体外受精を受けている方は珍しくありません。この体外受精という治療について、山中智哉医師が詳しく解説する連載、3回目では排卵誘発剤の基礎知識を取り上げます。
「体外受精」と聞くと、理解するのが難しい、複雑なことのように感じられるかもしれません。たしかに、卵子と精子という新しい命の誕生に関わる細胞の取り扱いには、培養技術など、さまざまな高度な知識や技術が用いられています。
一方、外来診療という面から見ると、その治療は、女性の月経周期に合わせて行われていて、それほど複雑なものではありません。今回は、卵巣から卵子を採取すること、「採卵」についてお話しします。
■排卵が起きる前に卵子を採取する「採卵」
体外受精を行なうには、卵巣から卵子を採取する必要があります。
卵巣の中には、何万~何十万という単位で卵子がありますが、そのまま卵巣に針を刺しても、卵子を吸い出すことはできません。
通常、月経周期が始まると、卵巣の中で卵胞という袋が育ち始めます。この卵胞の壁にはひとつの卵子があり、卵胞液の中の女性ホルモン(エストロゲン)の働きで卵子は成熟していきます。
例えば、月経周期が28日の場合、卵胞は月経が始まってから約14日前後で20㎜前後の大きさに到達し、その中で卵子も成熟のピークを迎え、卵胞から排卵されます。
体外受精の場合、こうして卵胞の中で十分に成熟した卵子を、排卵が起きる前に採取することになります。この卵子を採取することを「採卵」と呼んでいます。
■排卵が起こりづらい女性に向けて作られた「排卵誘発剤」
不妊治療を受けられている方、あるいはそうでない方でも、「排卵誘発剤」という言葉を聞いたことがあるのではないでしょうか。
採卵を行う際に、その準備として、多くの場合この排卵誘発剤が使用されています。排卵誘発剤を用いることで、複数の卵胞を発育させられるため、一度の採卵で複数の卵子を採取することができるようになります。
もともと排卵誘発剤は、言葉の通り、排卵が起こりにくい女性のための治療薬として作られました。
代表的な薬剤に、内服薬の「クロミフェン」や注射剤の「HMG製剤」などがあげられます。どちらも1960年代に海外で臨床使用が開始されたことから、50~60年前の歴史があり、日本では1980年代後半に導入されています。
現在ではあまり聞かなくなりましたが、私が小学生の頃には、時々テレビで「五つ子ちゃん」のドキュメンタリー番組をやっていたように思います。
以前の記事「知っておきたい、体外受精の基礎知識#1」でお話ししたことがありますが、超音波検査が医療現場に普及し始めたのは1980年代頃でした。今の不妊治療の現場では、必ず超音波検査を行い、成熟した卵胞の状態を見ることで何個の排卵が起きるのかを推測できます。
しかし、排卵誘発剤が使用され始めた当時は、超音波がまだなかったり、あっても精度が低かったり、あるいはどのように見えれば排卵するのかという知見も少なかったかと思います。
その結果、排卵誘発剤の使用による三つ子(品胎)以上の妊娠が、事前に予測することができず、出産に至る例が生じました。
品胎以上の妊娠は、早産や妊娠合併症のリスクが高く、母児ともに大きなリスクを伴います。現在では品胎以上の妊娠を見ることはほぼなくなりましたが、私が産婦人科医になった1998年当時には、産科の病棟には、品胎の患者様がおひとりかおふたり、管理入院されていて、担当医として出産にも立ち会う場面もありました。
■排卵誘発剤を使うかどうかは議論も
体外受精を受けられる患者様から、「体外受精を受けることで双子や三つ子にならないですか?」という質問を受けることがあります。
現在、体外受精における胚移植では、原則ひとつの胚を移植することが決まっており、妊娠しにくい方に関してもふたつの胚移植までとなっています。
通常移植した胚の数以上に妊娠することはありませんが、時に、ひとつの胚が子宮の中でふたつになり一卵性双胎となることがあります。これは、自然妊娠でも同様の可能性があります。現在でも品胎以上の報告例はありますが、その多くは、排卵誘発剤を使用した自然妊娠由来であると報告されています。
体外受精を行う際に、排卵誘発剤を使用するかどうかという議論もあり、次回はそのあたりについてももう少し深く掘り下げていきたいと思います。