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私が愛するヴィンテージ腕時計が与えてくれた心の余白

ヴィンテージ腕時計についての、ロマンを感じる物語をお届けします――。新しい生き方、働き方「パラレルライフワーク」を実践する中里 彩(なかざと あや)さんによる、生き方・働き方をテーマにした連載。第3回目の今回は中里さんが身につけている、思い入れのあるヴィンテージ時計について綴っていただきました。

私が愛するヴィンテージ腕時計が与えてくれた心の余白

■1本のヴィンテージ腕時計との出会い

幼いころから憧れている大人の女性がいます。彼女はいつもおしゃれな腕時計をつけていました。

白くて細い手首に色鮮やかなパープルの革ベルト、四角いフェースにギリシャ数字の文字盤。今思えば、あれは「Cartier」の「TANK LOUIS CARTIER」だったのかな。

とても美しく輝いていて、ちょっと経年しているようにも見えました。「大人になったら、わたしもこんなきれいな時計をしたいなぁ」と幼心にも見惚れたのを覚えています。

あれから10年以上が経ったころ、銀座のアンティーク時計店で1本の手巻きの腕時計に出会いました。

店主によるとニューヨークのバイヤーから仕入れた、今では世界にひとつしかないヴィンテージ時計なのだとか。

金無垢のケースにダークグリーンのクロコダイル革のベルトは変わらず当時のまま。文字盤には「Heustone」という聞いたことがない銘が入っています。

後で調べてもらったところ、この時計は1950年代にとあるスイスの小さな工房で作られたものでした。残念ながら、今はもうこの工房は存在しないそうです。

今目の前にある半世紀以上も昔の時計が時を経て、ヨーロッパの小さな工房からアメリカへと渡り、ここまで巡ってきた"時の旅路"を想うと、ロマンを感じずにはいられませんでした。

心を奪われてしまった私は、これから長く愛する時計として「Heustone」の購入を決めたのでした。

手巻きの時計は、毎日同じ時間に同じ回数だけ機械の中のゼンマイに連動するリューズを巻く必要があります。

毎朝リューズを巻く度に、「自分の人生の時間は自分で進めているんだ」という感覚になり、不思議と前向きな気持ちになります。

さらに、古くて繊細なつくりなので大切に扱っているうちに愛しさを覚えるようになります。”古いモノの価値”は、所有して愛着を感じるようになって、初めてわかるものなのでしょう。

■古いモノを愛することで、心に余白が生まれる

自分よりも数十年長く生きているこのヴィンテージ時計。この時計が刻み続けてきた時間の上に私の物語が刻まれていくことで、”今”という時間を丁寧に生きる大切さに気づくことができました。

とはいっても、実は「Heustone」は誤差が大きくて、時間をきっちり正確に示してはくれません。

それでもいいのです。私は手巻きの時計にデジタル的な正確さを求めているわけではないのですから。
それよりも、あの憧れの大人の女性のように、自分の装いや暮らしのスタイルに色を添えてくれるものとして一緒にいたいのです。

モノの価値を考えるときに、今ではモノ自体の物質的な価値よりも、そのモノがもたらしてくれる体験や物語などの精神的な価値を重視する時代になったといわれるようになりました。

機能的な価値としては新品のクオーツや自動巻きに劣る、手巻きのヴィンテージ時計が愛されるのは、時計自体がもつ歴史や物語、古き良き時代のデザイン、日々手をかけることで育まれる愛情がその所有者のスタイルやメンタリティに付加価値を与えてくれるからなのでしょう。

これは時計に限った話ではありませんね。古いモノを持つことは、そのモノの歴史と対峙し、自分のこれからの生き方を考えるきっかけにもなるのです。

いつか新しく時計を迎える機会があったなら、手巻きのヴィンテージ時計も候補に入れてみてください。きっと皆さんの心にも余白が生まれることと思います。

中里 彩

il Colore代表。メンズスタイルデザイナー。UX / UIデザイナー。埼玉・飯能のローカルWebメディア『hanoum』編集長。コワーキングスペース「co-nowa」コミュニティマネージャー。人々のモノ・コトの価値をリ...

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