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「子どもを産み、育てる自分」と、少しずつ仲良くなるために【母でも妻でも、私#2】

子どもを授かったら、できるだけ前向きでいたい。すがすがしく妊娠・出産に臨みたい。そのための「やっておいてよかったこと」リストや、妊娠初期にずっと考えていた、自分と仕事のこと。

「子どもを産み、育てる自分」と、少しずつ仲良くなるために【母でも妻でも、私#2】

前回のコラムでは妊娠・出産に関して、さまざまな葛藤があったことを書いた。そんなふうに心の底では「こうしたら、ああなるはずだから、おそらく大丈夫」「逆にああなったら、こうしよう」みたいなことを、ちまちまと考えている。

もちろん、予定どおりうまくいかせるためには手を尽くす。だから自分が妊娠をするまでの間にも、いろんなアクションをした。子どもを授かったあとに、ささいな「これをやっておけばよかった」で暗い気持ちになりたくなかったから、できるだけその可能性をつぶしていった。

たぶん、妊娠をちゃんと決心するための、自分なりの試行錯誤でもあったと思う。でも、これが効果抜群。実際に妊娠したあと何度も「やりたいことはほぼやったから、いまがベストのタイミング」と思えた。

そんな私のやっておいてよかったことリストは、たとえば以下の5つ。

1.妊娠してもいい体をつくること

定番だけど、風疹の予防接種、歯医者さん。

婦人系の病気の罹患歴があったので、レディースドックに行って「妊娠可能」の太鼓判ももらっておいた。それが、避妊をやめる9カ月前のこと。

実際いつになるかはわからないけど、いまだと思ったときすぐ動けるように準備は万端にしておこう、というのが私の基本方針だ。

2.ほどよく体を絞ること

自分が副編集長を務めている雑誌『走るひと』をきっかけに走り始めたのが、2014年の春。そこから妊娠するまでの1年半、時期によって緩急はあれど、コンスタントに走っていた。

多くて週5日、少なくて半月に1回くらい。ひとりの時間を思う存分ゆたかに使ったという経験が、すごくよかった。おまけに体重を−4キロ、体脂肪率を−5%と絞れていたので、妊娠による体型変化にも広い心で立ち向かえた気がする。

3.両親や幼なじみとの海外旅行

いつか経済的に余裕が出てきたら、両親に海外旅行をプレゼントしたいとずっと思っていた。

子どもが生まれれば、また違うかたちで親孝行できるだろうけど、それはそれ。親子3人でゆっくり、どこかへ行っておきたい。

妊娠する8カ月前、ハワイに1週間行ってきた。定番の観光スポットをめぐって、みんなで沖シュノーケリングをして、少しだけお酒も飲んで。私が身軽で、さらに親も健康なうちに、行けてよかった。

地元に暮らす親友とは、お互いの結婚以降、なんだか自由な日々のカウントダウンをしているような気持ちがあって、ずいぶん“思い出作り”をしていた。

なのに、旅行は一泊すらしたことがない。いよいよ妊娠する前に渡米しとくかと、勢いで決めたのが弾丸ラスベガス。

女性のふたり旅はケンカするとよく言うけれど、3泊5日のあいだ、ずーっと笑ってた。そんな旅行の翌月に、お互い妊娠が発覚するという奇跡も起きた。

4.夫との旅行

新婚旅行のモルディブを皮切りに、セブで年越し、仕事を兼ねてゴールドコースト、宮古島、ハワイ、あとは近場の温泉などなど……結婚してから3年でたくさん旅をした。

リゾートでのんびり、恋人同士みたいに楽しむのは、子どもが小さいうちはやっぱり難しそう。

5.心ゆくまで仕事をする

早朝も深夜も関係なく、たくさん取材に行って、たくさん原稿を書いた。

起きてから寝るまでずーっと仕事をしていたこともある。子どもを産んでからも戻れる仲間や居場所、そしてスキルがほしかったのかもしれない。明確なゴールはなかったけれど、あのころの自分ができるだけの仕事を全力でした、という自負がある。

要はすべて、自分の納得感をつくりたかっただけかもしれない。やりたいことはすべてやった。打てる手はすべて打った、というすがすがしさ。私はすがすがしく、思いきり妊娠したかったのだと思う。

■仕事仲間への報告は、安定期を待たずに

さて、そんなさまざまをクリアして、幸運にも妊娠することができた。

判定薬で陽性が出れば妊娠した、と思ってしまうけれど、実際は違うらしい。私が行っていた病院では、胎児の心拍が確認できて初めて“妊娠”確定。着床していても、それまでははっきり「おめでとう」を言われなかったし、母子手帳ももらいに行けなかった。

無事に心拍を確認したのが7月末のこと。ものすごく小さな体が、私のなかで、とくんとくんと点滅していた。

いわゆる安定期と呼ばれるのは妊娠5カ月からで、周りへの報告はそれ以降がスタンダード。でも私は、一緒に仕事をしている主なクライアントには、3カ月ころから少しずつ話をし始めていた。

いままでの私と接していて、こんなにすぐ子どもを産むなんて想像していた人はいないと思う。だからこそ、とにかく報告は早いほうがいいと思った。

いつもと違う体を抱えているからには、ちゃんと情報を開示して、不測の事態が起きる可能性を少なくしておきたい。そのためにまずは、相手方に心構えをしてもらうだけでも違う。それは、フリーランスという立場であることも大きい。

「まだ無事に育っていくか全然わからないけど、順調にいけば来年3月に子どもを産みます」

「いまは何も問題ないけど、もしかすると急に調子を崩したりするかもしれません」

「ご迷惑をおかけするかもしれないけど、できるだけ今までどおりに仕事をしたいので、どうかよろしくお願いします」

迷惑をかけてしまうかもしれない仕事仲間たちにこう報告すると、みんなとっても驚いたあと、それ以上に祝福をしてくれた。

流産するかもしれない時期に発表することには、あまり抵抗がなかった気がする。何があるかわからないのは、いつだって同じだから。

結局なにもトラブルはなかったけど、ただ運がよかっただけだと思っている。妊娠期間中に何かしらで入院したり、安静などの制限が出たりする人は、肌感で6割くらいいます!

■子どもと過ごす数カ月先のことを、考えてみる

半年後にはヘビーな案件も控えていたし、臨月まで続くレギュラーの案件もあったから、実際のところいつまでがっつり働けるか、私も周りも気になっていた。でも、どうなるかなんてわからない。

産前産後も休まずに働く、ということだけは心に決めていたけれど、そのためにどんな手を打てばいいのかはまだ思いついていなかった。このころは本当に、どうやって仕事を続けるかということばかり考えていた気がする。

妊娠中、子どもが生まれてからのことを想像するとき、軸にあるのはいつも自分自身だった。子どもを育てながら、どんな仕事を、どうやってするのかな。あるいは、子どもを育てながら、彼とどんな時間を過ごすのかな。子どもを育てる私は、どんなかんじかな。

どんな子どもが生まれるんだろう、とか、子育てって大変なのかな、みたいなことはほとんど考えていなかった。だって、赤ちゃんのいる生活なんて想像がつかない。

あとはもう、全部生まれてからのお楽しみ。

子どもと過ごす未来のことは、この子の顔を見てから考えよう。いまはとりあえず、できるだけの準備や土台作りを着実にしておこう、という気持ち。できることをやりつくしたら、想像だけで悪く考えることはない。ちゃんと進める。

“子どもを育てる自分”は知らない人間のようだったけれど、“子どもを育てながら〇〇している自分”は親近感がわいたし、ちゃんと愛せると思った。

菅原 さくら

1987年の早生まれ。ライター/編集者/雑誌「走るひと」副編集長。 パーソナルなインタビューや対談が得意です。ライフスタイル誌や女性誌、Webメディアいろいろ、 タイアップ記事、企業PR支援、キャッチコピーなど、さまざま...

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