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おしゃれ上手な人は"人生のドレスコード"を持っている【小野美由紀】

おしゃれな人って、その人とその服が寄り添い合うかのように、お互いの素敵な部分を引き出している。つい最近まで”ファッション難民”だったという小野美由紀さんは、そんなおしゃれ上手の女性に出会うことで、そこから脱出した。連載【オンナの抜け道】#6では、小野さんが気づいた、おしゃれ上手な人に共通する考え方について紹介。

おしゃれ上手な人は"人生のドレスコード"を持っている【小野美由紀】

■いつまで"ファッション難民"でいるつもり?

ひょっとしたら私はおしゃれが下手なんだろうか、そう思ったのは大学3年生のときだ。

クラスメイトの女の子たち5〜6人と百貨店に行き、制限時間内にそれぞれが好きな服を買い、全身のコーディネートを完成させるという会が開催された。自由にフロアを物色し、再び集まってみてびっくり。他の子たちは短い時間の中で、私よりもはるかに素敵なコーディネートを完成させていたのだ。

私はというと「ダサいと思われたくない」という気持ちが空回り、どれを選んだらいいかわからずに右往左往するばかり。結局これと思えるアイテムも見つからず、たいしてほしくない服で腕を一杯にして、フロアの真ん中で立ち尽くしていた。

結局その日に買った服は、一度も着ずに終わった。

こんな風に、つい最近まで私は「超」がつくほどの”ファッション難民”だった。

着飾れど着飾れど、我がクローゼットおしゃれにならず。

デパートやショップの前を通るたびに、自分よりも数倍おしゃれなマネキンを見ては焦って飛び込み、無数にある服の中からパニックになりながら1枚を選ぶ。しかし、そうして得た戦利品はクロゼットに入った途端、さっと魅力が色褪せて見える。

あるときはクレジットカードの請求を見てびっくり。被服費だけで一月に20万円も使っていたこともあった。それなのに、次の日の朝に起きてつぶやくセリフは”服がない”……。

こんなにも大量の服を買っているにもかかわらず、なぜ私は全然おしゃれになれないんだろう。
センスって、一体どうやったら身につくんだろう?
東京中をあと何周したら、私は満足のいく「ステキな服」に出会えるのだろう?

ずっとそう思い続けていた。

■”私ね、人生のドレスコードを自分で決めているのよ"

それが変わったのは、ある美しい老婦人に会ってからだ。

その人は、選び抜かれたサックスブルーのシャツがとても似合っていた。

ひとつに束ねた長い白髪を、その目の覚めるような青色がまばゆく輝かせていた。シャツの隅々までが体にぴったりとフィットして、彼女の魅力的な細い首や肩のラインをくっきりと際立たせていた。まるで、服も「彼女自身」であるかのように、そのシャツと彼女はぴったりと寄り添い、互いの長所を引き出し合っていた。

会ったのはとある場所に向かうフェリーの上。後ろには群青色の海が広がっている。まるで景色すらも身にまとう布地とするように、完璧な調和を持って、彼女はその場に存在していた。

私はその人に、なぜそんなにおしゃれなのかと聞き、返ってきた答えに心底驚いた。

その人はにっこり笑って「私はねえ、”人生のドレスコード”を自分で決めているのよ」と言ったのだ。

そうか。私が服選びに迷うのは、センスがないからでも、ステキな服を売っているお店を知らないからでもなかった。 ただ、私が「人生という舞台に、どんな服を着て立ちたいのか」を、まるきり考えていなかったからなのだ。

どれだけ服を集めても、「自分がどうありたいのか」という中心がない限り、決してそこには近づけない。

私は私が嫌いだった。お尻が大きい、足が短い。二の腕が太い。コンプレックスをカバーすることを考えた結果、多少好きではない服でも、まあ仕方ないと買っていた。けれどそれでは自分の欠点をいっそう意識せざるをえない。常に欠点が隠れているか、ヒヤヒヤしながら服を着る事になる。

さらに、日本ではTPOに合わせて要求される社会的なドレスコードが大変多い。仕事・デート・友達と会うとき、パーティーのとき……。

そのラベルに常に振り回され、目的ごとに違うブランドをクルーズし「これは〇〇用」とか「ほら、次の結婚式で必要になるし」とか言い訳しながら恐る恐る服を買っていた。

TPOに合わせなければという逼迫(ひっぱく)感と、コンプレックスを隠さなければという緊張感に常に支配されながら、散財する言い訳を常に考える。そうして街ゆくおしゃれな他人に脅されながら、間違いを決して起こさぬようにビクビクしながら服を買っていた。

服を着ることが、全然、楽しくなかった。

■どう生きたいかを決意することが、自然と美しい装いになる

しかし元をたどれば、それもこれもすべて私の思違いから生じていたのだ。
どこかにある理想の服を探し求めれば良いわけじゃない。
たくさん服を持っていれば、おしゃれになれるわけではない。

「人生の主役としてステージに立つ時に、どんな服を着ていたいのか」を自分で決めていないのが問題なのだ。


それに気づいてからの私は、服をあまり買わなくなった。

不思議なことに、服をあまり買わなくなった途端、たちまち着飾ることが楽しくなった。

手持ちの服のよいところにも気づけるようになってきたし、今あるものをどう生かすのかに目が向くようになった。

シーズンだからと闇雲にショッピングエリアをぶらつくことも、義務感に駆られて好きなブランドの新作を血眼でチェックすることもなくなった。

イメージコンサルタントの和田直子さんからパーソナルスタイリングを受けたことも大きなきっかけだった。
元大企業の人事部の採用担当で、現在もフリーの"プロ人事"として活動する彼女の分析眼は的確そのもの。似合う服を着ているかどうかが、その人の第一印象を大きく左右するという事を、彼女のアドバイスによってつくづく思い知らされた。
自分に似合う色、形、服のジャンル。これまでわかっているようで、実はまるきり思い込みだったことに気づかされたし、今まで思いもしなかった体型の長所を客観的な視点から教わった。はっとするくらいに似合う色を身にまとってさえいれば、コンプレックスのある部位が外に出ていようと、他人の目はそこにいかなくなる、ということにもやっと気づいた。

似合う服を知る、ということは、自分を好きになる過程でもあった。

それまでの私は「自意識」過剰なようで、実はまったくもって自分のことを「意識」できてはいなかったのだ。

私はどんな服で、どんな日々を過ごしたいのか。どんな人生を生きたいのか。

自分の服や人生に理想を持つことが、人生のドレスコードを考えることが、私を永久に続くショッピング砂漠から救い出し、服難民であることから抜け出させてくれた。


最近、真っ白なシャツをよく買うようになった。エレガントな、光沢のある白いシャツ。

仕事用ではあるが、人に会うためにではない。自分のために、だ。

新しい仕事に取り掛かるとき。気分をリフレッシュしたいとき。真剣に仕事に向かうとき。そんなときには誰にも会う予定はなくても白いシャツを着ると決めた。

朝起きて、白いシャツに腕を通す。自然に目が覚め、真っさらな身体の中に言葉が浮かんでくる。白い原稿用紙と白いシャツ。それがものを書くときの、私のドレスコードである。


あなたの「人生のドレスコード」は何ですか?

<お知らせ>
7月30日(日)、大人向けのワンデイワークショップ「5感を使って書くクリエイティブライティング講座」を都内にて開催します。プロアマ問わず、エッセイや紀行文など、自分を文章で表現する力を高めたい方に向けた講座です。詳しくは下記URLをご覧ください。
http://onomiyuki.com/?page_id=3061

小野 美由紀

作家。1985年東京生まれ。エッセイや紀行文をWeb・紙媒体両方で数多く執筆している。2014年、絵本『ひかりのりゅう』(絵本塾出版)15年、エッセイ『傷口から人生。~メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった』(幻...

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