疲れたときに食べるものは、心ときめくものがいい
疲れたときに食べるものは? そう聞かれて思い浮かべるものはありますか。元気が出ないときはつい甘いもの、こってりしたものを選びがち。そして、なんとなく食べものを口に運ぶときがある。疲れたときに食べるものこそ、元気になれるものがいい! そんなあなたへ届けたいショートストーリーです。
わたしは、知っている。
平日、夜9時。仕事が終わってくたくたになりながら電車に揺られて、家の近くのスーパーへ。とぼとぼと向かう先は惣菜コーナー。だいたいのパックに割引シールが貼られていることを、わたしは知っているから。適当に選んで、淡々とかごに放り込んでいく。
家に帰って買ったものを並べるところまで、昨日と変わらない。いかフライがたこの唐揚げに変わったくらいだ。無機質なプラスチック容器に向き合って、虚しい気持ち。
■疲れたときに食べるものは、わたしを元気にしてくれるものがいい
もしゃもしゃと食べる。食べているのに元気がでないのはどうして。喉の奥に流れていくごとに、苦しい。口を開いてただモノを飲み込んでいく作業は、まるで自分が収納ケースにでもなったよう。わたし、人間なのに。
マイナス思考がぐるぐると、疲れに追い打ちをかけてくる。
元気になりたい。疲れたときに食べるものくらい、せめてわたしを元気にしてほしい。みんな何を食べてるの? インスタグラム(Instagram)を開いて「#元気になるご飯」を覗いてみる。
わあっ。
鮮やかなごはんに、瞬間、心がぱっと明るくなった。
割引シールもプラスチック容器も見当たらない。きれいでうっとりする。いいなぁ。ううん、こんなのって時間に余裕のある人だけができるんでしょ。わたしとは違う世界だよ。こっちは遅くまで仕事して疲れているんだから。
そうやって投げ捨てようとして、でも、できなかった。目の前に並ぶ他人のごはんに、間違いなく心が弾んでしまったから。わたし、最近、自分のごはんにときめいた?
朝は食べない。お昼はコンビニ。夜はぐったりしてこんなのだ。疲れたときの食事くらい、わくわくしたいよ。ほっとしたいよ。
……わたしだって!
冷蔵庫をパンッと開く。
その勢いとは裏腹に、何もない。
買い物しておけばよかったなぁと嘆きたくなるけれど、ぐっとこらえて。あ、たまごはある。あったかいものが食べたい。あんなに完璧なものはできないけれど、スープくらいなら。
■疲れたときに食べるものは、おいしくて、うれしくなれるものがいい
そうして、たまごスープを作った。
塩コショウとコンソメだけで味付けをした、簡単なもの。ただ、鍋を火にかけている間、起こるすべてがやさしくてゆっくりで、慌てなくてよかった。ぐつぐつとささやかな音、ぷつぷつと浮かんでくる小さな泡、やわやわと漂う、ふわふわのたまご。
お皿によそうだけでも満たされた。プラスチック容器をただ並べるよりもうんと、「食事」をしているって思うことができた。すくって食べると、あたたかくてはふっと息が出る。
おいしいな。うれしいな。なんか、たのしいな。
バランスを整えて食べるってよく聞くけれど、いちばん大切なことは心のバランスなのかもしれない。疲れてマイナス方向に傾いた心を、立て直すために。
うれしい、たのしい、しあわせ、心地よい、ほっとする。
そんなプラスの感情を連れてくる食事。
凝ったものじゃなくてもいい。今日はちょっと(本当にちょっとね)がんばってみたけれど、明日も明後日もがんばれるかわからない。仕事から帰って毎日ちゃんと料理するなんて、正直、厳しい。
ただ、疲れたときに食べるものは、心がときめくものがいい。
わたしは知っている。
平日、夜9時。仕事が終わって、家の近くのスーパーへ。
向かう先は惣菜コーナー。手に取るのは、レンコンのきんぴらとカボチャの煮付け。シャキシャキと歯ごたえのあるものが食べたい気持ちと、カボチャのオレンジ色に心惹かれて。
え? 惣菜なんて、最初と変わってないよって?
ううん、大丈夫。
家に帰ったら、お気に入りのお皿に並べよう。
手を合わせて「いただきます」って言って、食事をしよう。
週末はまた、自分で何か作ってみようかな。
自分が食べたいもの、心が満たされるものを選ぶことが、
疲れたときのごはんを、しあわせにしてくれること。
わたしはもう、知っているから。
ライター/物書き