1. DRESS [ドレス]トップ
  2. ライフスタイル
  3. 「おばさん」という呪いの言葉【紫原明子 連載 #12】

「おばさん」という呪いの言葉【紫原明子 連載 #12】

何歳から「おばさん」なのか、いつからおばさん化するのか。「お姉さん」の次に必ずやってくるはずの「おばさん」はしかし、女性にとって気安く口に出せない呪いの言葉と化している。どこか大人の余裕や愛嬌を感じさせる「おじさん」という言葉と同じように、「おばさん」だってもっとライトな言葉になってもいいんじゃないか。

「おばさん」という呪いの言葉【紫原明子 連載 #12】

古くからの友人でありWebメディア「ジモコロ」の編集長・徳谷柿次郎くんが先日、「忘年会おじさん」というイベントを開催していた。幅広い世代の自称おじさん60人ばかり集め、銭湯で湯を浴びてから居酒屋に流れるというスケジュール。

これにたまたま参加したという別の友人から話を聞くと、とにかくものすごく楽しかったらしい。銭湯で丸裸の知らないおじさん同士、初対面で「あなたは何おじさんですか?」「私は◯◯おじさんです」といった会話から始めるそう。◯◯には、料理人なら料理おじさん、エンジニアならエンジニアおじさんなど、自分を表す一言が入るという。

これ、何ともいいイベントだなあと思った。主催者の柿次郎くんを見て「おじさんになったなあ」と思ったことは実際一度もないけれど(もしかしたら長い交友関係で目が曇っているのかもしれないけど)、だからこそ、人に指摘されたり、勘付かれるより先に、ハッピーな形でおじさんを自称できるって、なんとも羨ましい。

■「おばさん会」が微笑ましくなりそうにない理由

SNSで流れてきた「おじさん会」の様子は、はたから見てもなんとも微笑ましく、願わくば私も「おばさん会」をやりたいな、と考えた。……考えたけれど、そこでふと「おばさん会」は、こんなふうにはならないのではないだろうかと思ったのだ。

「おじさん」という言葉には不思議とどこか愛嬌がある。お腹も出ていて、口ひげも生えていて、紛れもなくおじさんなのに気の抜けた声を出して愛くるしスーパーマリオが、そんなイメージ作りに一役買っているのかもしれない(根拠はない)。「私なんてもうおじさんですよ」とおじさんを自称する中年の男性は、同世代で自分がおじさんであることを頑なに認めないギラギラ系の男性より、むしろ上品で素敵に見えたりもする。

そんな油の抜けた感を逆手に取って、安心感から女性を次々と落としていく隠れギラギラおじさんも決して少なくない。そういったことを考えると、おじさんはともすればモテるための武器にすらなり得るのだ。

■おばさんを自称する女性に漂う自虐や悲壮感

しかし「おばさん」はそうはいかない。年上女性との豊富な恋愛経験を持つ30代前半モテ系の男友達は、かつてこんなことを言った。

「素敵な年上の女性が、私なんておばさんだし、と言うと途端に冷めるんだよね」

彼いわく、年上の女性には、“坊や、私に手が出せるの?”といわんばかりにいつまでも高嶺の花でいてほしいそう。私なんておばさんだし、と卑屈な素振りを見せないでほしいと言うのである。基本的には好みの問題なのだろうし、「私なんておばさんだし」という控えめな姿勢にこそぐっとくるという人もまたいるのだろう。

けれど、おばさんを自称する女性に自虐や悲壮感を感じてしまうという彼の気持ちは、少なくともわからないものではない。男性がおじさんを自称したときには、ともすればどこか余裕すら感じさせるというのに、女性がおばさんを自称すると、意図しない痛々しさが滲みかねない。だから、おばさんをやすやすと自称できないのだ。

■女性にとっての「おばさん」という言葉は呪詛

おまけに問題は男性からの視線だけじゃない。おばさんを自称する上では、同性からの抵抗も少なからずある。美魔女として、時を止める美容に懸命に励む人がいる中で「もう私なんておばさんですよ」と言おうものなら「美を諦めただらしない人」として蔑まれかねない。そうじゃないんだよ、と思う一方で自分の中にも拭いきれない恐れがある。

「おばさん」を自称した瞬間におばさんになる、というコラム、かつて何かで読んだ記憶。おばさんになる、という言葉のもたらす得体の知れない恐怖に打ち勝てない。

男性にとっての「おじさん」が、決して恋愛欲も性欲も失っていなくたってその場しのぎにカジュアルに使える言葉である一方、女性にとっての「おばさん」という言葉は、もはや言った瞬間から何かが決定的に崩落しかねない呪詛と化している。

■今は舞台から降りてます、と表明する言葉がほしい


「オバタリアン」とか、「私がおばさんになっても」とか、きっと過去には、おばさんという言葉がかくも呪われし単語となったきっかけがいくつかあるんだろう。「おばさん」という言葉をかくも使いづらいものにして我々後輩に託してきた上の世代が憎い。もっとおばさんを丁寧に扱ってほしかった。

なぜ女性だけがいつまでも現役で女や美を追求し続けなければならないのか。「もうおばさんだから」の一言で、女性として一方的に品定めされる場から降りたっていいじゃないか。

だからって、それは永久的に色恋の勝負を放棄したわけではなく、ただ「この場ではモテたいと思ってませんよ」と、手軽かつ平和的に表明したい、それを可能とする言葉がほしいだけなのだ。

恋愛対象になり得る素敵なおじさんがいるように、恋愛対象になり得る素敵なおばさんがいたっていいはずだ。私はおばさんの社会的地位を向上させたい。



「おばさん」は蔑称か

https://p-dress.jp/articles/811

私は今42歳。最近、周囲のスタッフに年下が増えてきた。現場マネージャーも、その上のマネージャーも年下だ。まだ一緒に仕事を始めて日が浅いこともあり、相手がいろいろ気遣ってくれるのがわかる。

紫原 明子

エッセイスト。1982年福岡県生。二児を育てるシングルマザー。個人ブログ『手の中で膨らむ』が話題となり執筆活動を本格化。『家族無計画』『りこんのこども』(cakes)、『世界は一人の女を受け止められる』(SOLO)など連載多...

関連するキーワード

関連記事

Latest Article