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39歳妊婦のわたしが「39歳」「不妊治療」のキーワードから考えたこと

39歳で妊娠。「いつか、子どもができたらいいな」くらいの熱量だったから、自分は「不妊治療」とは関係がないと思っていた。しかし、『ひなこの39歳から始める不妊治療日記』を読んで浮かんできたのは、もしかすると不妊治療をしていたかもしれない自分の姿だった。

39歳妊婦のわたしが「39歳」「不妊治療」のキーワードから考えたこと

『ひなこの39歳から始める不妊治療日記』(著:佐木ひなこ 刊:彩図社)という本書のタイトルを目にしてまず思ったことは、「不妊治療」という言葉の「自分とは関係のない感じ」だった。というのも、現在、わたしは妊娠9ヶ月だが、特に不妊治療などをした結果ではない。

もちろん友人などには、不妊治療をして出産に至った女性や、現在進行形の女性もいるが、それは「子どもが熱烈にほしい人」たちであって、「いつか、できたらいいな」くらいの熱量だった自分は「不妊治療」とは、関係がないと思っていた。

なので、共通点といえば「39歳」という年齢と、たまたま現在、「わたしが妊娠をしている」ということだけだと思って読み始めたのだが、それはわたしの勘違いだった。なぜなら、そこに描かれていたのは「そうだったかもしれない自分」だったからだ。

わたしは、35歳の秋に結婚をし、翌春、新婚旅行から帰ってきて避妊をやめた。といっても、そう積極的に作ろうとするわけではなく、「いつかはほしい」とのんびりと構えていたのは、夫婦の共通の趣味が海外旅行だったからだ。「この時期は安いから」「まとまった仕事が片づいたから」と理由をつけては夫婦で渡航し、妊娠について考えるのは、なんだかんだと後回しにしていた。


もちろん年齢のことを意識はしていた。わたしはアラフォーと言われる年だし、夫は4歳年上だから、悠長にしている暇はない。しかし、「そろそろ、病院に相談に行くべきかもしれない」と考えながらも、相変わらず自由気ままな生活に踏ん切りを付けられずにいた2年前のこと、夫の浮気騒動に巻き込まれて夫婦間に亀裂が入った。

正直なところ、離婚も考えたし、子どもがいないことは、人生をやり直すにはむしろ都合がよかった。ただ、それでは気持ちが収まらないと思った。なので未来のことは、相手の女性に慰謝料請求の裁判を起こし、きっぱりと落とし前をつけてから考えることにした。


■前回の生理を意識すらしていなかった時期

裁判は丸1半年以上かかり、38歳の秋にようやく決着がついた。その期間、夫と引き続き一緒に暮らす中で、良くも悪くも自然と関係は修復していった。しかも、まだ裁判で揉めている最中に一度だけ、妊娠検査薬で陽性が出たこともあったのだった。慌てて病院に行ったものの、心音すら確認できずにそのまま堕りてしまった。そのときのことだ。「前回の生理はいつでしたか」という医師の質問に、わたしは答えることができなかった。「うーん、カレンダーに付けてないし、ちょっと覚えていません」というわたしの言葉に、医師はただ苦笑していた。


「いくらなんでも、自分の身体のこと、生理日くらいは把握していないとまずい」と思ってスマホにバイオリズムを管理するアプリを入れ、ついでに婦人体温計も買った。その頃も変わらず、「いつかはほしい」という気持ちはあった。それでもその「いつか」が「いま」だとは思いきれないでいた。それに、毎朝、体温だけは測ることを心がけたものの、ほぼ毎日のように飲み会の予定が入っている生活を送っていたために、体温を示すグラフはまるきり安定せず、ほぼ無意味だった。ただ、生理日だけは、きちんと記録していたので、排卵日の予測を知ることはできた。


ガタガタのグラフに「きちんと排卵ができているのか」と疑いつつ「今日、排卵日らしいよ」と夫に声をかけて、なるべくその日にはセックスをするようにはしていたものの、わたしたちは相変わらず旅行に、飲み会にと、かまけていた。そして今年の5月。「すべて落ち着いたし、この旅行が終わったら本当に、病院に行って相談しよう」と性懲りもなく言い訳をしながら、わたしの39歳の誕生日のプレゼントにと、夫が香港マカオ旅行の予約を取ったすぐ後のことだった。再び妊娠が発覚したのだった。


■漠然と「いつかは、できる」と考えていると、時間だけが過ぎていく

こうやって書くと「なんだかんだあったけれど、妊娠して万々歳」という話のようだけれども、もしも今年の5月のタイミングで妊娠していなければ、いよいよ訪れた「39歳」という年齢を意識して、重い腰を上げて病院を訪れたのではないだろうか。そして、避妊なしの性行為を始めてすでに4年が経っていることと、わたしの年齢からして、きっと不妊治療を勧められたに違いない。そこで初めて、39歳から始める不妊治療がいかに困難であることかを思い知り、愕然としたのではなかっただろうか。


わたしもそうだったけれど、「不妊」という言葉に抵抗がある女性は少なくないと思う。本書の中でも著者は言っている。「私は不妊じゃないよ。タイミングがあっていないだけ。まだ半年だし……」。そう、わたしも含め、多くの女性は「不妊」という認識を持つことなく、ただ「いつか、できるんじゃないか」と漠然と考えていることのほうが多いと思う。だからこそ、なかなか病院に行く気にはなれずに、仕事や私生活を充実させている間に、ただ、時間が過ぎていってしまう。


が、妊娠に関しては、時間は冷酷だ。本書によると、人工授精(精子を子宮内に直接注入し、卵子と精子が出会う確率を高める)の次のステップである体外受精(子宮内から取り出した卵子を体外で受精させ、その受精卵を培養した後に子宮に戻す治療法)の年齢別妊娠率は29歳以下で44%前後、30歳から34歳で43%前後と半数以下、30歳から39歳になるとぐっと減って35%前後、40歳から42歳は19%、43歳以上になると、3%前後になるという。

いくら「芸能人のあの人は40代半ばで妊娠したし」「知り合いで40代になって妊娠した人がいる」といっても、数値で見ればこの通りなのだ。だからこそ、「いつかはほしい」とぼんやりとでも考えているのならば、まずは、その時点で何歳であろうとも病院に行き、妊娠に対する正しい知識と備え、そしてなかなか厳しい現実を、知ったほうがいいのではないだろうか。

■39歳は子どもを作るのに遅くはないけれど、猶予があるわけでもない

著者の佐木ひなこさんは、39歳のときに友人に言われた「健康でも病院に行くよ。メンテナンスと思ったらどうかな」という言葉をきっかけに産婦人科の門を叩いたと描かれている。そして、タイミング法の指導から、排卵誘発、卵管造影、人工授精、体外受精、顕微授精と進んでいく。

金銭的な問題に悩んだり、排卵日だというのに性交渉に応じてくれない配偶者に苛立ったり、友人の妊娠報告を聞いても喜べないことが悲しくなったり、義妹が妊娠したときには「ウチのコウノトリ、持っていかれた?」とも思ってしまった、といった正直な思いが赤裸々に綴られている。誰もが「不妊治療」は大変だということくらいは頭にあっても、その具体的な苦しみや辛さとなると知らなかったり、なかなか心を寄せることができなかったりもする。

まして「39歳」という年齢であれば「そんなにほしいのならば、もっとさっさと動いていればよかったのに」と考える人だっているだろう。けれど、人にはそれぞれ事情がある。「誰の子どもでもいいからほしい」と考える人もいれば、ようやくのこと出会って結ばれることができた「愛する人の子どもだからこそほしい」人もいるのだ。どちらにしても、もしもこのレビューを呼んでいる女性で「いつかは子どもがほしい」とうっすらとでも考えているのならば、本書は、不妊治療はもちろん、妊娠ということについて学ぶのに、とても参考になると思う。


来月には、お腹の子が生まれる。あっという間の妊婦生活だったが、終わりが近づいた今になって「もう一度、妊娠したいな」と思っている自分がいる。もちろん、生活やお金のこと、住宅事情を考えるとそれは難しいかもしれない。が、もしも「もうひとり作る」と決意したら、何はともあれ、すぐに、病院へ行こうと考えている。39歳は、子どもを作ろうと思い立つのに、決して遅くはないけれど、猶予があるわけでもないのだ。

大泉 りか

ライトノベルや官能を執筆するほか、セックスと女の生き方や、男性向けの「モテ」をレクチャーするコラムを多く手掛ける。新刊は『女子会で教わる人生を変える恋愛講座』(大和書房)。著書多数。趣味は映画、アルコール、海外旅行。愛犬と暮...

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