褒め言葉は偏見の裏返し?
「お子さんがいるように見えませんね!」は褒め言葉のつもりなのか? いくつかの「褒め言葉」っぽく聞こえる言葉からにじみ出るものについて、小島慶子さんが考えます。
初めて入ったお店で試着をした時など、お店の人が「お子さんがいるようには見えないですね!」というのがマニュアル化しているように感じる。動きやすい服がいいんです、子どもがいるので……とか言うと決まってその反応なのだ。お客さんが喜ぶだろうということで推奨されているコメントなのかもしれないが、毎度思う。「子持ちに見えちゃいけないのか?」って。経産婦には見えない、が褒め言葉だと思っているあなたのその発想、めちゃくちゃ感じ悪いよ……。
私は息子が二人いるのだが、彼らの母親であることはとても自然なことなので、引け目に感じることはない。子どもがいるように見えたらイヤだと思ったこともない。そもそも、子どものあるなしとその人の価値とは、まるで関係のないことだ。
お店では、母親ではない人に向かって「産んでないと、やっぱり素敵ですね」って言うのか?言わないよね。意味不明で、お客はドン引きだろう。だったら同じことを経産婦に対して言うのはおかしいじゃないか。わあ、産んでないみたいですね! 子どもがいる「のに」素敵!って。
化粧品のカウンターなどで、年齢の話になるとうろたえて「ええー!もっとお若く見えますねー」と判で押したように言うのも、本当に白々しい。中年じゃいけないのか。私は今年44歳になるが、人生で今が一番快適だ。20代に戻りたいと思ったこともないし、30代に見られたいという気持ちもない。たいてい実年齢よりも上に見られる人生を歩んできたので、今は50歳ぐらいに見えているのかもしれないが、別にそれでもいい。私は現状に満足している。勝手に「きっと年齢を気にしているはず」と気を遣われても、鬱陶しいだけだ。
別にお店でなくても気になることはある。知人の噂話などで「彼女、美人なのに独身なんだよね……もったいないよねえ」と言う人がいる。褒めているつもりなのかもしれないけど、当人にしてみれば余計なお世話だろう。もったいない、っていうのはどういう意味なのだろうか。彼女みたいな美人なら結婚して幸せになることができるのに、独身でいるなんてもったいない? 彼女みたいな美人の嫁をほしがっている男がたくさんいるのに、その気がないなんて男にとったら損失だ? 「結婚は女の幸せ」っていう前提が透けて見える。そういう言い方をするのは何も男性に限ったことではないので、女には値札が付いていて、結婚市場では高値で売れてこそ価値がある、と考える人は性別を問わずいるのだろう。
セクシーアイドルやぶっ飛びタレントが超売れっ子になると「あの子、実は頭いいんだよねー」などとわけ知り顔で褒める人がいるが、これも私は違和感がある。「彼女が人気なのはキワモノだからじゃなくて、実は知性があるからなんだよね。ただ騒いでいる連中と違って、自分にはそれがわかっちゃうんだなあ」と言いたいのだろうけど、そんなのあんたがわざわざ語らなくたって、芸能界で生き残ること自体、人一倍頭を使っているのはあたりまえじゃないか。むしろ彼女のこと、どれだけバカだと思ってたの? と言いたい。
中年が言ってしまいがちなのが「若いのに偉いよねー」という褒め言葉。若者は能天気で怠け者という先入観丸出しだ。20代の頃、この手の上から目線コメントをのたまう年長者がどれほどめんどくさかったことか!単に「努力家で偉いよね」と言えばいいところをわざわざ「若いのに」と言ってしまう。私も気を抜くと言いそうになるので用心している。もちろんこれは、自分が若い頃はなんと怠け者であったことよ、それに比べて目の前の若者は健気な!と賛美する気持ちがあるからこそなのだが、相手には伝わらない。
でも、中には自分の未熟さを素直に愛しており、若いのに、と言われた方が嬉しいという人もいるだろう。頑張り屋さんのいい子ちゃんと言われたいとか。そんな「若いのに」が嬉しかった人は、「若いですね」も嬉しいのかな。若さは特権だと思えば、いつまでも手放したくないだろう。若さなんて足かせでしかないと思いながらしんどい20代を生きた人にとっては、「若いですね」は過去の忘れたい自分を思い出す呪いの言葉なのだけれど。
褒め言葉は偏見の裏返しだが、それを受け取る側の気持ちも、屈折を映す鏡なのかもしれない。ひとの褒め言葉にあれこれ文句をつける私も、だいぶひねくれている。褒めるのも褒められるのも、素直が一番幸せだろう。