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年下男子から警戒されても気にしなくていい理由

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「私は決してあなたを取って食べたりしませんよ」と安全性を示しながら、年下男子に警戒心を抱かせない方法はあるのか――悩める30代以降の女性たちへ、紫原明子さんはこう言います。何より大切なのは「自分自身がその人の前で無理せずいられること、望む自分でいられること」だと。

年下男子から警戒されても気にしなくていい理由

■30代女、年下男子から警戒される

「最近、年下男子から警戒されるんですよね」と語るのは友人の女性クリエイターAさん、35歳・独身。

とあるグループでの飲み会でたまたま一緒になった年下の男性に彼女がいないことがわかると「お互い恋人いないんだから、付き合っちゃいなよ」と例によって周りにけしかけられ、その場ではお互いまんざらでもない感じで、じゃあ今度食事にでもいきますか? みたいなことになったらしい。

ところがその会以降、彼と顔を会わせる度に、どうも相手の方が必要以上に接触してこない、距離を置かれている気がするというのである。


「昔は自分から男性に親しくして、拒まれたと感じたことはありませんでした。35歳で独身、彼氏もいない今となっては、だいぶアレなんだろうなって思われてる気がします」と悲しいことを言う。


Aさんは、女性同士の贔屓目を抜きにしてもお洒落で、綺麗な人なので、さすがにこれは彼女の思い過ごしではないかと私は思う。よくあることで、彼の方もAさんから具体的な日程調整やお誘いが来るのを待っていたのに一向にその気配がないので、「あれは社交辞令ですよね、はいはいわかってますよ、こっちだってはじめからそのつもりですよ」みたいな、探り合いがうまくいかなかったケースも考えられると思う。

Aさんはこの連載を毎回読んでくれているそうなので、もしこれについて少しでも思い当たるようなら別途何らかのアクションを起こしてみてほしいと思う。

■欲求不満感を醸し出していないか?

とはいえ、本件の真相の如何に関わらず「年下男子に警戒されている」と気をもむAさんの心情、正直とてもよくわかる。


Aさんと同じように3つ要素を挙げろと言われれば私だって、33歳・バツイチ・二児の母。ひとくくりに独身にカテゴライズされるにしては重みがある。これに加えて私は「熟女好きにウケそう」「団地妻っぽい」と20代の頃から言われてきた。


体の至るところにだらしなく肉が付いていることと、安産型でお尻がボリューミーであることに起因しているのだろう。黙っていてもつい欲求不満感を醸し出してしまうのだ。30代となった今、酒と金と男と女にまつわる修羅場も経験し、自分で言うのも何だが熟女に真剣味が増してきた。


仕事でもプライベートでも、新しく出会う人たちの中に、年下男子の占める割合が俄然高まりつつある中で、もともと持っている経歴とあわせて、飢えた狼さながらの欲求不満っぽさを噴出させていたら、ただカジュアルにコミュニケーションをとりたいだけの年下男子に“触れるなキケン”の警報を鳴らされ、避けられてしまいかねない。


一体どうすれば“私は決してあなたを取って食べたりしませんよ”という安全性を明示しながら、年下男子に警戒心を抱かせないでいられるというのだろう。

■カギを握るのは「お母さん」と「麻の服」

たとえば、「あなたのお母さんの方と年齢が近いわね」などと言って、お母さんと自分を並列にすることで、男女として同じステージに上がらない、そのつもりがないことを遠回りに示すというのも一つの手なのだろう。こちらの年齢を聞いて「俺の娘と同い年だよ」と眼を細める年上のおじさんに安心感を持つのと同じように、先回りして警戒心を解いてあげる。年長者の優しさである。


そうでなければ、一見突拍子もないようだが、麻素材の服を着る、というのも良いだろう。そもそも、年下男子が年上女性に抱く警戒心とは、女性の方が、年齢と経験によって身につけた自分の知らない高度な技を繰り出してきて、あっという間に捕獲されかねない、そんな脅威に対する恐れなのだろうと思う。


……現実には、そんな技などはなから持っていないからこの調子なわけで言わずとも察して欲しいところだが、それが難しい以上、自身の平和主義を過剰なまでに体現していくより他ない。洗いざらしの麻の服というのは、仮にもし六本木ヒルズに住んでいようと、それを着ているだけで“たった今、森から出てきました”といった、見事に平和な雰囲気を醸し出すことができるので、相手に警戒心を抱かせないという目的においては、それなりに有効だろうと思うのである。

■自分が無理せず、好きな自分でいられるか

一方で、年下男子とうまく付き合っていくためにできることは、何もはじめから警戒心を抱かせない、そのための配慮をすることばかりに限らない。警戒心に気づかないふりをして面の皮厚く攻め入って、実は無害であることと同時に、世の中にはいろいろな女性、いろいろな人間がいるのだと堂々と教えてあげたって良いのだ。


たとえば恋愛に不器用だとか、結婚がうまくいかなかったとか。純粋に人と人との関係において、その生態を、その経歴を包み隠さず伝えることでいつか、警戒心は無用だったと気づいてくれるタイミングが訪れることもあるだろう。


いずれにしても、相手がどう思うかは結局のところ相手の問題であって、私が気に病んだところでどうしようもないことである。確か流行りのアドラーもそう言っていた。対人関係を良好に保つ上で、相手の心情を思いやるより何より大切なことは、自分自身がその人の前で無理せずいられること、望む自分でいられることにほかならない。


深く理解し合いたいと思う相手の前で、お母さんという盾に隠れたり、趣味じゃない麻の服を着たりしたところで仕方がない。同じように、その場が円滑に進みさえすればそれで良いし、深い信頼を育む必要がない相手に、生い立ちや自分の哲学を一から話すのはお互いにとって時間の無駄である。


年下男子であろうが、年上女子であろうが、まずは自分自身が目の前の相手とどれほどエンゲージメントを高めたいのか。自分の望みと真摯に向き合っていくことこそ、大事なことなのだろうと思うのだ。

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紫原 明子

エッセイスト。1982年福岡県生。二児を育てるシングルマザー。個人ブログ『手の中で膨らむ』が話題となり執筆活動を本格化。『家族無計画』『りこんのこども』(cakes)、『世界は一人の女を受け止められる』(SOLO)など連載多...

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