愛猫が死にかけて

コミックエッセイ『ただいまみいちゃん』では、ひとりの女性と1匹の猫のささやかな日常をお楽しみいただけます。第12話となる今回は、共に暮らす愛猫が死に直面したときのお話です。

愛猫が死にかけて

みいちゃんの体調が悪い。くしゃみを連発するし、鼻水もずるずるしている。ご飯を食べれば吐くし、おまけに机の下に隠れてじいっとしていることが増えた。猫は体調が悪いときに物陰に隠れる習性があるのだと聞いたことがある。頻繁に吐くので病院に連れていったけれど原因がわからず、ドライフードの粒が大きいのかもとフードを変えたばかりだった。それでも、だんだんと元気がなくなるみいちゃん。気に留めながらも、みいちゃんのことをしっかりと考える余裕がなかった。

その頃の私はとにかくお金がなかった。仕事がないうえに翌月の支払いに追われる日々。支払いを済ませたらその月の生活費がなくなるので割が良くなくても日払いにしてもらえる夜職も始めた。昼間はライターの仕事で取材をし、帰ってきて軽く仮眠をとって化粧をし直して夜の街に出かけていく。部屋は寝るだけの場所になり、みいちゃんのことを考える頭のリソースはなくなった。

そんなある日、いつものように出かけようとするとみいちゃんの目が明らかにぼうっとしていた。それは生き物の目ではなくて、どちらかというとこの世のものではないような目をしていて、私はギョッとして、その日の予定をキャンセルし、病院に連れて行ったのだった。

病院に行ったら、先生にひどく叱られた。元々小柄で2kgしかなかったみいちゃんの体重は1.3kgになっていた。どうしてこんなになるまで放っておいたの、長く生きてあと1週間だよと言われた。1.3kg?あと1週間? 地に足のつかぬ数字が目の前をふわふわ浮いた。仕事にかまけてみいちゃんのお世話を怠った自分の怠慢を呪った。

ご飯も水も受け付けなかったら残念だけど、という先生の言葉を反芻するたびに、ピーラーで皮を剥くように心が削がれる。病院から帰ってみいちゃんを家に置き、ペットショップに走って「高カロリー」と書かれたフードを片っ端からカゴに入れて、帰り道も走った。歩こうとしてもよろけて倒れてしまうみいちゃんの鼻先にフードを持っていくも全く興味を示さない。涙がぶわっと溢れる。いつもなら気乗りしないんだなと思って放っておくところだけれど、できることはしたくて、高カロリーのペーストが入ったチューブを口の中に押し込み、中身を注入した。力がないなりに抵抗するみいちゃんの口をこじ開ける。私は私で、来たる運命に抵抗しているつもりだった。それから泣きながらフードと水を注入し続けた。定位置から一歩も動けないみいちゃんへのお供え。仏様への祈りにも似ていた。

祈りの儀式を続けて半日ほど経った頃だろうか。よろよろとしていたみいちゃんがすっくと立ち上がり、確かな足取りですり寄ってきた。目の前の奇跡に目を疑って、ご飯を差し出すと自らバクバクと食べ始めた。私は声をあげてみいちゃんを抱きしめた。私なんかにお構いなく、ご飯を食べ続けるみいちゃん。みいちゃん。みいちゃん。

ご飯を食べ終えてすぐに病院に連れていくと先生も喜んでくれ、昨日打った注射が良かったのかもしれないと、もう一度栄養剤を打ってくれた。それから病院に1週間通い続けて、みいちゃんはみるみるうちに回復し、私がPC作業していると背後からスチャッっと机の上に登場して邪魔をするようになった。呼び水をするように日常が戻ってくる。私の生活は、みいちゃんそのものだ。

みいちゃんが一度病気をしてからというもの、わたしは自分の”目”の足りなさを反省して、みいちゃんをよく見るようになった。いつもより元気があるとかないとか、うんちが出ているとかいないとか。ちょっとでも様子が変だと思ったら病院に連れて行くし、最近は便秘気味のみいちゃんのうんちの介助もできるようになった。気持ちはもう助産師。

よーく見ていると、いつもより寂しそうかなとか甘えてるなとか怒ってるなとか怯えてるなとか、そういうことがわかるようになって、愛おしさが増す。心なしかみいちゃんの言いたいことがわかってくる感じがする。私の不行届で大変な目に遭わせてしまったけれど、あの日を境にわたしは本当の意味でみいちゃんのことを見るようになった。今までは何も見ていなかった。もう二度と、一瞬たりとも見逃さない。

Text/佐々木ののか(@sasakinonoka
Comic・Illust/ぱの(@panoramango

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