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理想を押し付けず、子どもがどうしたいのかを聞く。家族にも対話が必要な理由

男の子が“男らしさ”の型にはめられる弊害や、学童期にはすでにそうした価値観が育っている可能性を指摘した第1回。続く今回は、その子がただその子らしく生きていけるよう、幼児期にできるアプローチを考えてみます。

理想を押し付けず、子どもがどうしたいのかを聞く。家族にも対話が必要な理由

■家庭・メディア・社会の3方向から、価値観がインストールされていく

前回の記事では、小学生にはすでに「男らしさ」や「女らしさ」を強要する空気ができつつある、という事例を紹介しました。大森榎本クリニック精神保健福祉部長(精神保健福祉士・社会福祉士)の斉藤章佳(さいとう・あきよし)先生は、価値観がインストールされるのは「家庭・メディア・社会」の3カ所だととらえています。

「もっとも影響を与えているのは、やはり家庭です。親の日ごろの言葉や行動を見て、つまりコミュニケーションを見て子どもは男性観や女性観を育んでいきます。そしてそれは、無意識に世代間連鎖していくことも少なくありません。父が母にいつも暴言・暴力(DV)を振るっているような家庭に育った男性が、絶対にそんな大人にならないと心に決めていた。なのに、結婚したあと妻に同じような行為をしている、というケースがあります。恐ろしいことにこのような男尊女卑的価値観は、知らないあいだに刷り込まれ、内面化し、あるとき反射的に表出してしまうものなんです」(斉藤先生)


程度の差こそあれ、メディアや社会からの影響も同じ効果をもたらします。女性を下にみるような振る舞いや言動、一度失敗した人の立ち直りを認めない空気にふれ続けることで、子どもの価値観は少しずつ蝕まれていくようです。

■幼児期の教育がとても大切。現場もこまかなアクションをとっている

都内の幼稚園に勤務する吉田有希さん(仮名)。現場に10年間立ち続けたなかで、大人が幼児の価値観に与える影響を、やはり強く感じているといいます。

「じつは、幼稚園に入ってくる3歳や4歳で、すでに男気あふれる男の子って結構いるんです。それはやっぱり家庭の教育が大きいんだと思います。彼らは『僕がみんなを守る!』『男の子だから泣かない!』といったことを、当たり前のように口にしますね」(幼稚園教諭・吉田さん)


男気にあふれていても、その子がそれで無理をしていないなら、問題はありません。しかし、苦しいと気づいたときには、もう価値観のインストールがすっかり終わっていて、修正がしにくくなっている可能性もあります。

「心を育てる幼児期には、そこに関わる家族や教育者の資質が大きく問われます。私の務める園では、現場のアクションもかなり気を配っていますね。たとえば、名簿を男女で分けない。工作では誰もが好きな色を選べるようにする。些細なことですが、移動するときに『男の子からいきましょう』といった声かけもしません。『男の子だから』『女の子だから』という冠を取り払って、一人ひとりのことをきちんと見ようと心がけています」(幼稚園教諭・吉田さん)


東京都や一部の区では、そうした人権教育やジェンダー教育にも、力を入れはじめているといいます。新人時代のみならず、管理職になっても研修で必須カリキュラムにしている自治体もあるそう。とはいえ、エリアや保育団体によって研修制度には偏りがあり、中身もまちまち。その不平等は指摘されていますが、まだ改善には至っていません。

■家庭では、どんなふうに接すればいい?

では、家庭のなかで、親はどのように子どもと接していけばいいのでしょうか。吉田さんはこう提案してくれました。

「親が子どもに少しくらい『こうあってほしい』と思うのは、悪いことではないと思っています。ですが、その気持ちを『男の子だからこうあってほしい』ではなく『人としてこうあってほしい』に変えてみてほしい。そして、母親も父親も性別を問わず、そのロールモデルになってあげるんです。親自身が実践することで子どもへの影響も大きくなるし、性別の分断もなくなっていくはず」(幼稚園教諭・吉田さん)


吉田さんの幼稚園では、保護者に対してもさまざまな働きかけをしているそうです。たとえば、弟ができた男の子に「お兄ちゃんなんだから頼れるようになってほしいのに、この子はなよなよ泣いてばかり」と言うママがいたら。吉田さんは「繊細なぶん、いつも他の子を気にかけてあげていて、とっても優しいですよ」と、力強さだけではないその子の良さを伝えるのだといいます。

「そして、その子自身がどうしたいかを聞いてあげることが一番大事だと思います。子どもは、親と違う意見を持ったひとりの人間。理想を押しつけないで、その子の良さややりたいことを伸ばしてあげられればいいですよね。私たち幼稚園教諭もご両親も、きっと365日完璧な関わりをすることはできません。だけど自分たちを省みたり、どんどん新しい価値観を取り入れようとしたりするだけでも、きっとアクションは変わってきます」(幼稚園教諭・吉田さん)

■難しいかもしれないけれど、否定せずに聞く

男らしさの弊害を防ぐには「子どもの行動だけを見ないで、なぜそうしたのか? という理由をしっかり聞くことも大切」だと、斉藤先生は解説します。

「たとえば、子どもが『学校に行きたくない』と言ったとき、私たち親はとっさに『行かなきゃダメ』と言ってしまいがちです。けれど、子どもだってそんなことはわかっている。道徳観や倫理観を振りかざして否定すればするほど、人は相談できなくなり弱さを見せにくくなっていきます。そうなる前に、どうして行きたくないのかを丁寧に聞いてあげなければいけない。そういう経験を少しずつ積み重ねれば、子どもは大人への信頼を取り戻し『自分の弱さをさらけ出しても、否定されない』ということを学習していきます。でも、否定せずに聞くって、言うのは簡単ですが結構難しいんですよ」(斉藤先生)


いまの世の中ではまだ、外からインストールされる男らしさを完璧に避けて通るのは、難しいかもしれません。そこで効いてくるのが、こういった“逆インストール”。日々のコミュニケーションを通じて「男だって弱い」「性別にとらわれることなく弱さを見せて、手を取り合って生きればいい」という価値観を見せていくことが大切です。

「過労状態になっているときには、自身の気合と根性だけで乗り切ろうとしてはいけません。身近な人や専門機関に相談して負担を分け合えば、重大な健康被害は防げるかもしれない。強さを鍛えても、限界があるんです。“強くなるより賢くなれ“と、多くの依存症からの回復者が、生き方のなかで教えてくれています。周りに頼りながら生きていく術を覚えたほうが、ぐっとらくになるはずです。『誰にも頼れない』『人に迷惑をかけたくない』という考えは孤立化を招くし、だいたいが“男らしさの幻想”からくる傲慢さなんじゃないでしょうか」(斉藤先生)


最終回となる第3回では、これから望まれる社会の変化について、考えていきます。


>第1回:“男らしさ”による弊害。押しつけられたジェンダー観が生み出すもの

>第3回:古いジェンダー観では、もう社会が機能しない。“男尊女卑依存症社会”から脱するための第一歩

斉藤章佳先生プロフィール

精神保健福祉士・社会福祉士/大森榎本クリニック精神保健福祉部長。 1979年生まれ。大学卒業後、アジア最大規模といわれる依存症ケア施設である榎本クリニックにソーシャルワーカーとして、アルコール依存症を中心にギャンブル・薬物・摂食障害・性犯罪・虐待・DV・クレプトマニアなどさまざまなアディクション問題に携わる。その後、2016年から現職。専門は加害者臨床で「性犯罪者の地域トリートメント」に関する実践・研究・啓発活動を行っている。著者に『男が痴漢になる理由』、『万引き依存症』などがある。その他、論文多数。

菅原 さくら

1987年の早生まれ。ライター/編集者/雑誌「走るひと」副編集長。 パーソナルなインタビューや対談が得意です。ライフスタイル誌や女性誌、Webメディアいろいろ、 タイアップ記事、企業PR支援、キャッチコピーなど、さまざま...

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