“男らしさ”による弊害。押しつけられたジェンダー観が生み出すもの
シリーズ第1回となる今回は、“男らしさ”の型にはめられる弊害や、そうした価値観の刷り込みはいつからはじまっているのかを探ります。これから成長していく男の子が、世間から「あるべき姿」を押しつけられず、自分のなりたい自分になるために。親世代である私たちができることを、考えていきます。
なかったことにされていた“女性の生きづらさ”に、ようやく目が向けられてきた近年。その一方で、男性ならではの生きづらさも見直されはじめました。
幼いころから、男の子に向けられる「強くあるべき」「弱さを見せるのは恥ずかしい」といったジェンダー観。それは頼りがいのあるタフネスを育むかもしれない一方で、子どもたちの可能性を狭め、追い詰めてしまいかねません。実際に、そうした“男らしさ”には、どのようなデメリットがあるのでしょうか。
■そもそも“男らしさ”の弊害とは?
大森榎本クリニック精神保健福祉部長(精神保健福祉士・社会福祉士)として、長年数多くの依存症臨床に携わっている斉藤章佳(さいとう・あきよし)先生は、こう分析します。
斉藤章佳先生/精神保健福祉士・社会福祉士/大森榎本クリニック精神保健福祉部長。 1979年生まれ。大学卒業後、アジア最大規模といわれる依存症ケア施設である榎本クリニックにソーシャルワーカーとして、アルコール依存症を中心にギャンブル・薬物・摂食障害・性犯罪・虐待・DV・クレプトマニアなどさまざまなアディクション問題に携わる。その後、2016年から現職。専門は加害者臨床で「性犯罪者の地域トリートメント」に関する実践・研究・啓発活動を行っている。著者に『男が痴漢になる理由』、『万引き依存症』などがある。その他、論文多数。
人生というパワーゲームのなかで、自身の気合いと根性ですべてを乗り越えようとする、男らしい強さ。それは誰にも弱音を吐けず、たったひとりで問題に立ち向かわなければならない孤独と、隣り合わせでもあります。
そうしたマッチョな価値観がこじれたなかでも、興味深い事例のひとつが“刑務所のヒエラルキー”です。「成年男子刑務所では、殺人犯には一目が置かれると言っていた元受刑者がいました。より暴力的で、世間の注目を集める事件を起こした犯人が“男らしい”とされるんです」と、斉藤先生はいいます。
東京大学の熊谷晋一郎先生は『自立とは、依存先を増やすこと。希望とは、絶望を分かち合うこと』だとおっしゃいました。いわゆる男らしさの幻想に縛られてきた男性も、弱さをオープンにできる関係性をつくり、武勇伝ではなく弱さで他人とつながることを学習していかなければ、真の生きづらさは解消されないと思います」
■そんな“男らしさ”を、小学生はすでに持ち始めてしまう?
男性に多いマッチョな価値観は、どのように育まれ、いつから生きづらさとなってあらわれはじめるのでしょうか。
郊外の学童保育に、放課後児童支援員という立場で勤務している遠山美紗さん(仮名)は「小学生でも、すでにそうした価値観を持ち始めている子はいる」と語ります。男らしくない男の子をバカにしたり、女らしくない女の子をさげすんだり……。幼いその目は、遠山さん自身にも向けられています。
ほかにも、遠山さんのペットが亡くなったときに、わざわざ遺体の想像図を描いて見せつけてくる子どもも。遠山さんの胸や股間に暴力をふるい、そうした行動を賞賛しあう男の子たちもいるそうです。
斉藤先生は、男尊女卑的な価値観を持つ人には相手を状況によって“モノ”化する傾向がある、といいます。特に性犯罪加害者にはこの傾向が強くあります。
遠山さんを故意に傷つけようとする行動が、もしもこうした価値観に基づいているのだとすれば。どこかでこうしたジェンダー観をアップデートしていかなければなりません。
■歪んだ“男らしさ”を育てているのは、子どもたちがふれる社会
遠山さんは、そんな価値観の出どころについて、こう考えます。
遠山さんが務める学童保育の職員は、40~60代で、自身の子育てを終えている女性がほとんど。教員免許や保育士資格などの資格も、あれば優遇されるけれど、必須ではありません。子どもを長い時間預かり、ときには教育もするのに、明確な方針やルールは定められていないといいます。
■凝り固まった性規範を、ちょっとでもずらしたい
遠山さんは子どもたちとふれあうなかで、すでに根づきはじめている「男らしさ」や「女らしさ」といった性規範を、あえてずらすような試みをしています。たとえば、人生ゲームでわざと水色のピンを選び、自分の好きな色を使えばいいのだと言う。結婚のマスにとまったとき、同じ色のピンを車に乗せてみる。子どもたちは「先生は女だから、ピンクのピンしかだめでしょ!」「男の子同士で結婚すると、障害のある子が生まれちゃうんだよ」などと、驚くような言動を見せるそうです。
まだ幼い学童期ですでに、偏ったジェンダー観は見え隠れしているよう。「男性はこうあるべき」「女性はこうでなくてはならない」……では、どうすればそうした思い込みを防げるのでしょうか。「男らしさのインストール」第2回では、さらに年齢をさかのぼって幼児教育の現場をのぞきつつ、いま家庭でできることなどを考えていきます。
>第2回:理想を押し付けず、子どもがどうしたいのかを聞く。家族にも対話が必要な理由