体外受精と保険診療の話
日本で体外受精が行われるようになって40年以上経ちますが、今も保険診療ではなく、自由診療になっています。これはどうして? 今後もなかなか変わらない? 山中智哉医師が詳しく解説します。
前回、不妊治療と保険診療についてお話ししました。
今回はもう少し話を深めつつ、体外受精と保険診療についてお話しします。
■保険のルールを逸脱してはいけない理由
外来で診療をしていると、時々、患者さんの方から「これは保険になりますか?」と尋ねられることがあります。
費用の負担を考えると、「できるだけそうしてあげたい」と思う気持ちもありますが、医療保険は保険診療のルールに基づいた検査や治療に対してしか適用できません。
保険診療においては、医療費の3割は患者さんから、7割は国から病院に支払われることになります。国からというのは、つまるところ税金から支払われることになります。
ニュースなどで、「やってもいない検査や治療をやったことにして、医療費を水増し請求した」などという事件を聞いたことがあるかもしれません。これは、ただ「その病院やクリニックが不当な利益を得た」ということではなく、国民の税金を横領したとも言えるのです。
■体外受精はなぜ自由診療なのか
体外受精に関わる診療は、すべて自由診療つまり自費診療で行うことになっています。つまり、血液検査や超音波検査、処方や注射まですべてが患者の負担になります。
日本における体外受精の歴史は40年を超えますが、それでもまだ保険診療とされるには歴史が浅いのかもしれません。
代わりに近年、ほとんどの都道府県や地方自治体で「助成金制度」が採用され、金額の多寡はありますが、体外受精治療の一部が補助されています。
体外受精が自由診療であるということは、患者にとって、金銭的な負担が大きいのみならず、その治療が標準的なものかどうか、判断しにくいということもあげられます。
いろいろなクリニックのホームページを見ていると、「自然にするのが一番よい」「排卵誘発剤を使って刺激をするのがよい」あたりが多く、最近は「一人ひとりの体に合わせて」という文言も増えています。同じ治療ですが、言っていることにバラつきがあることがわかります。
もともと保険診療においては、自分の病院やクリニックについて、他院との優位性を示して患者を誘導することは禁じられています。こういった広告は自由診療なので、ある程度黙認されているのかもしれません。
■保険診療でも自由診療でも、思いはひとつ
最近は広告操作の技術も発達しているので、広告だけが独り歩きして、現場のスタッフの意志が反映されていないこともあるのではないかと思います。
「安いと謳っているのに高かった」「優しいと謳っているのに怖かった」「一人ひとりに合わせてと謳っているのに、全員同じやり方だった」といった声も聞いたことがあります。
体外受精に保険診療が導入されないのは、医療費の高騰を防ぐ意味合いもありますが、治療に定型的なものがなく、クリニック主体で治療方針が決定していることも、その一因ではないかと考えます。
保険診療は、保険適応のルール中で診療を行う必要があるため、最新の治療は自費診療でしか提供することができないという医療サイドからの声もあります。
保険診療であっても自由診療であっても、提供するものが医療である以上、患者さんの負担は金銭的、精神的、時間的なことすべて最小限になるよう配慮しつつ、最大限の治療効果が得られる医療を提供することが大切だと考えています。