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限界は頭の中にしか存在しない【イスラエル流 新・女道】

境界線なんて、存在しないのかもしれない。

限界は頭の中にしか存在しない【イスラエル流 新・女道】

「スタートアップ王国」として注目を浴びている中東のイスラエル。日本の四国ほどの面積にユダヤ人ら人口880万が暮らす。パレスチナや近隣アラブ諸国との紛争が絶えない印象が強いが、高度な軍事技術を背景に、ハイテク関連産業を中心とした起業が盛んだ。

また、イスラエルは女性の出生率が高い国、LGBT(性的少数者)に開かれた国としても知られる。

建国70 年のこの若い国で生きる女性に、新しい女性の生き方のヒントがあるのではないかと思い、探ってみた。

■18歳でリーダーの自覚持つ

経済協力開発機構(OECD)の統計によれば、2017年のイスラエルにおける女性の雇用率は65.7%と、日本の67.5%よりやや低い。国会議員(定数120人)に占める女性の割合は約27.5%。企業における上級幹部の割合は34.5%にとどまっている。

しかし、ゴルダ・メイア第5代首相はイスラエル初、世界でも3番目の女性の首相として活躍した。法曹界や金融業界では女性の管理職も多く、現在、法相、最高裁判所長官、イスラエル銀行総裁……などいずれも女性だ。

一方、出生率に関して言えば、女性ひとりあたり3.1人と世界一の水準。OECDの平均値1.7人と比べても、その差は歴然だ。イスラエルでは、ユダヤ民族の存続の観点から「産めよ、増やせよ」の考え方が根付いており、女性は45歳まで、現在のパートナーとの間にふたりの子どもを授かるまで不妊治療費が無料という国策による影響も大きい。

今回私が訪ねたのは、イスラエル中部の地中海に面した港町カイザリアに住むモリヤ・ハッツァブさん(42)。

4~16歳の双子を含む7人の子どもを国内外で育てながら、ビジネスウーマン、あるいは「シェアリングエコノミー」のメンター、あるいは国際的社会奉仕団体「ロータリークラブ」のスポークスパーソン(代弁者)として日夜忙しく動き回っている。

「時間の『質』の問題よ」

私がモリヤさんの家を訪れ、雑談を始めて間もなく、きっぱりと言い放った。女性だから、子どもがいるから、時間がないから……。そんな風に自分を制限しないようにしている。

モリヤさんは、舞台演出家の母とジャーナリストの父の長女として生まれ、弟ふたりとともに北東部にあるガリラヤ湖沿岸の町ティベリヤで育った。そのせいか小さな頃から水に強い関心を持ち、大学時代には当時イスラエルでは新しい学問だった環境学を専攻する一方、ダイビングにも没頭。女性では異例の警察特殊部隊のダイバーのボランティアにも従事した。イスラエル人らしく、「昔から既存の枠にとらわれないことをすることが好きだった」という。

モリヤさんがリーダーとしての資質を学んだのは18~19歳の時。

イスラエルは国民皆兵で、満18歳になった国民は現在、男子で2年8カ月、女子で2年の兵役がある。モリヤさんは兵役に就くのを1年遅らせ、低所得世帯の若者を支援する団体でボランティアをした。そこで、責任感やリーダーシップ、人間関係の構築方法などを学び、「今の人格を形成した」という。

兵役1年目には、女性でありながら、入隊直後の男性兵士の司令官を務めた。軍では、声をわざと低くして男性と同化しようとする女性もいたが、モリヤさんは自分の「女性性」を殺さずに自分らしくいることを心掛けた。

「年齢や性別の問題ではなく、立場の問題で、境界なんて存在しないと思った」

兵役後は、新しくできたラジオ局でDJやコピーライターとして6年間勤務。26歳で長女を出産すると当時に、ラジオ局で培ったマーケティング能力とコネクションを使って自身の広告・PR会社も設立した。

「普通ならば子育てに専念しなければと思うかもしれないが、私は創造力やエネルギーに満ちあふれていた」と振り返る。

妊娠中や子育て中の女性でも生き生き働けるようにとの思いから、モリヤさんの会社の従業員は「女性のみか女性が大半」。会社はみるみるうちに成長し、国内に3拠点、社員数は25人に拡大した。

そんな功績を買ってか、テレビのリアリティ番組「アンバサダー」の出演依頼も舞い込んだ。イスラエル人の若者14人が8カ月間、世界各国を訪れ、イスラエルのPRをするという内容。母親だったのは自分だけ。

「今度は世界という舞台が開かれた。限界というものは、頭の中にしか存在しない」と実感した瞬間だった。

■ソーシャルメディアきっかけに運命の出会い

全てが順風満帆だったように見えたが、「何か」が欠けていた。テレビ出演後もモリヤさんは「冒険」を続けたが、ブラジルでパラグライダーをしているときにふと気付いた。

「幸せを見つけるためには、極端なことをする必要も、遠くにいく必要もない」

実は結婚生活に満足していなかった。夫は家事や子育てを積極的に行い、モリヤさんの自由を尊重する男性だったが、「むしろ女性として、母親として、家事も子育ても全部したかった」ことに気付いた。話し合いの末、お互い別々の生き方をしようと決めた。

今の夫であるアイラさん(45)との運命的な出会いがあったのは、そんな矢先だ。フェイスブックやツイッターが流行し始め、当時34歳だったモリヤさんは大学の講師としてソーシャルメディアの使い方を教えていた。

フランス在住だったスイス人のアイラさんが、フェイスブック上の広告で使われていたモリヤさんの写真を見かけたのがきっかけだった。神に導かれたかのようにアイラさんがモリヤさんを必至に探し出し、ふたりが出会うまでの物語はイスラエルのテレビ局が約30分のドキュメンタリー番組を作成したほどだ。

「人生を完全に変えた」出会いからちょうど1年後、ふたりの初めての子どもが生まれた。

ふたりは、世界十数カ国で休暇用のビラやアパートを貸し出す会社を設立、共同経営している。金銭的な問題が生じたときもあったが、「障害ではなく経験」だと考えるようにしているという。

「私たちの人生観は非常に楽観的。私たちは自分たちの運命を作っているんです」とモリヤさんはほほえんだ。

インタビュー中、モリヤさんは何度も「ノー・バウンダリー(境界はない)」という言葉を使っていた。

だが、彼女の語り口は淡々と穏やかで、誇張や無理している様子もまったくない。女性の誰しもが、モリヤさんのようなキャリアウーマンになれるわけでも、仕事と家庭を両立できるわけでも、「運命の出会い」が訪れるわけでもないかもしれない。

しかし、彼女は訪れたチャンスを確実にモノにし、次のチャンスにつなげていっていることは確かだ。その邁進力は、自分で自分に制限を課さない「ノー・バウンダリー」の精神に裏付けられたものなのだろうと、家を後にしながら強く感じた。

MAI

ジャーナリスト。1980年生まれ、慶應義塾大学大学院卒。美術館職員から記者に転身し、2014年から中東特派員に。

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