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心の不調をさらけ出せるようになった

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10代の頃に心の不調を感じてから15年、ずっと精神科に通院していた過去を打ち明けられずにいた吉玉サキさん。「相手に気を遣わせてしまうかも」「そんなの甘えだよ、と言われてしまうかも」そんな迷いと不安を抱えながらも、カミングアウトをしようと決意します。その結果変わった、人との関わり方とは――?

心の不調をさらけ出せるようになった

「私、数年前まで精神科に通院してたんだよね」

思いきって打ち明けると、彼女は大きな丸い目をますます丸くした。

「……そうなんだ」

いつもは表情豊かでリアクションの大きい彼女が、控えめな声で言う。あきらかに戸惑っているのがわかる。

やっぱり、驚かせちゃうよなぁ。

だけど、言えてよかった。

目の前にあった透明な壁を打ち砕いたような、清々しい手応えがあった。

■10代の頃から精神科に通っていた

精神科に通い始めたのは高校1年のときだ。

けれど心の不調を感じるようになったのはもう少し前で、中学2年のとき。他人の視線が怖くてたびたび呼吸が苦しくなり、学校に行けなくなった。

その時点で精神科を受診していれば、適切な治療が受けられたかもしれない。だけど、20年前の当時、「心の不調」の概念は今ほど浸透していなくて、病院に行くという発想がなかった。

高校もすぐに行けなくなり、辛くて起き上がれない毎日。そこでようやく「これ、病院に行ったほうがいいやつでは……」と思うに至り、母に連れって行ってもらうよう頼んだ。

はじめて行った精神科の病院では、ヒット曲のオルゴールが静かに流れていた。先生は優しく、じっくりと私の話に耳を傾けてくれた。

しかし、処方された薬を飲んでも症状は改善されない。それどころか、ますます悪化していった。気分の波が激しくなり、落ち込んでベッドから出られないかと思えば、急にテンションが上がってしゃべりすぎてしまう。今思えば、病院を変えるべきだったのかもしれないけど、よくわからないままに何年も通い続けてしまった。

その後、何度か転居して、そのたびに転院した。病名も処方も、医師によってさまざまだった。

24歳のとき、はじめての病院で飲んだことのない薬が処方された。すると、その薬が合ったのか、少しずつ気分の波が小さくなっていった。

だけど、「劇的にパッと治る」ということはなかった。数年かけて少しずつ、調子が安定していった(あくまで私の場合であって、治療にかかる期間は人それぞれだと思います)。

そして29歳のとき、ようやく「もう病院に来なくてもいいよ」と言われた。

今は、通院も服薬もしていない。だけど、心の調子を崩しやすいほうではある。

■ずっと、心の病気のことを隠していた

精神科に通院していることは、一部の親しい相手を除いて隠していた。

私が通院を始めたのは2000年頃。当時は今より心の病気の認知度が低く、精神科への偏見も強かった印象がある。

私の周りにも、「鬱は甘え」「かまってちゃん」などと言う人がたくさんいたので、自分が当事者だとは言い出せなかった(ちなみに、当時そういう発言をしていた友人も現在は言わない。人は、経験や時代によって変わるのだと思う)。

また、通院をカミングアウトすることで相手に気を遣わせてしまうのも嫌だった。

それまでは「サキ~、頑張れよ~」と私の肩をバンバン叩いていたタイプの友人が、急に「大丈夫? 無理しないでね」みたいになってしまう。人によっては、腫れ物に触れるような慎重さで私に接するようになる。

もちろんそれは優しさからくる気遣いなので、気持ちはうれしい。だけど同時に、「あぁ、友人に気を遣わせてしまった……」と申し訳なさでいっぱいになった。

そういうこともあって、私は精神科への通院を隠していた。

基本的に、知り合ったばかりの人には話さない。お互いに打ち解けたら、必要に応じて話す。そのスタンスを守った。

それは通院が終了してからも続き、私は通院歴を隠したまま生活していた。特に、職場では絶対に口にしないよう気をつけていた。

■なんだか無性に、すべてさらけ出したくなった

はじめて職場で通院歴を打ち明けたのは3年前のこと。
私は去年まで北アルプスのある山小屋で働いていたのだが、その年、人事異動で別の山小屋に配属された。

山小屋はシーズン契約なので毎年スタッフが入れ替わるが、この年はいつもにも増して個性的なメンバーが集まった。みんな仲が良く、仕事もそれ以外の時間も、お腹が痛くなるほど笑った。

だけど、私は他のスタッフたちとの間に距離を感じていた。

関係がうまくいっていないわけではない。傍目には、私も充分に打ち解けて見えただろう。だけど、みんなと一緒に笑っていても、自分だけ輪の外側にいるような気持ちになる。決して疎外されているわけではないのに、なぜか淋しさを感じる。

ふと、気づいた。

壁を作っているのは私のほうかもしれない……。

みんなは私よりずっと自分をさらけ出している(ように見える)。一方で私は、精神科の通院歴や、今も心の調子を崩しやすいことを隠している。

今までは「よっぽど親しくなるまでは隠す」がマイルールだった。だけど、それは絶対だろうか。ここならもしかして、隠さなくても大丈夫かもしれない。

そんなことを考えていたある日、機会は唐突に訪れた。スタッフのミナトとの会話の中で、たまたま心の病気のことが話題に上がったのだ。

「私、メンタル不安定なんだよねぇ」さらっと言ってみた。

「うっそ、サキちゃんすごい落ち着いてるじゃん」彼女は笑いながら言う。

いや、本当は14年も病気だったし、薬も飲んでたよ。

……って、言ってしまいたい。なんだか無性に、すべてさらけ出したくなった。

でも、変な空気になったらどうしよう。怖い。

一瞬悩んだ末、バンジージャンプを飛ぶような気持ちで「私、数年前まで精神科に通院してたんだよね」と言った。

■見えない壁を作っていたのは私だった

私が打ち明けると、ミナトは目を丸くして驚いていた。
しかし、それをきっかけに彼女との距離が劇的に縮まった……ということは別にない。
彼女の私への接し方は、それまでとまったく変わらなかった。妙に気を遣われることもなく、本当にそれまで通りだ。

拍子抜けした。

さらけ出しても、怖いことは何も起こらなかった。今まで、何をそんなに怖がっていたんだろう?

一度言うと度胸がついたのか、私は他のみんなにも少しずつさらけ出すようになった。自分から唐突にその話をすることはないけど、たまたま心の話題になったとき、隠さずに言えるようになった。

みんな、ミナトと同じ反応だった。そのときは驚くけど、関係はそれまでと変わらない。距離が縮まることもなければ、離れることもない。

だけど、壁が一枚とっぱらわれたような清々しさを感じた。たぶん、それを感じているのは私だけだ。私は無意識のうちに自分で壁を作り、さらけ出すことでその壁をとっぱらったのだ。

そのときから、私は心にまつわることを隠さなくなった。時代が変わったからか、私が付き合う人たちが変わったからか、オープンにしても昔のように嫌な思いをすることはなかった。

■さらけ出すことで、人に頼れるようになった

今年の春、私は久しぶりに心の調子を崩して実家で療養した。

そのとき、知り合って1年に満たない友人からLINEで近況を聞かれ、「精神的に調子崩しちゃって実家にいるよ」と返信した。

あれ、私、昔はこういうこと絶対に言えなかったのにな。いつから隠さなくなったんだっけ?

……と考えてみて、3年前にミナトに打ち明けたのが最初だった、と思い出した。たった3年でずいぶん変わったものだ。

友人から「私でよければ話聞くよ」と返信がきたので、その言葉に甘えて、辛い気持ちを吐き出した。友人はマザーテレサや五木寛之の言葉を引用して励ましてくれた。

温かな気持ちがこみ上げてきて、泣いているうちに眠ってしまった。

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吉玉 サキ

1983年生まれ。noteにエッセイを書いていたらDRESSで連載させていただくことになった主婦です。小心者。

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