排卵誘発剤は卵子の保有数に影響を与える?【知っておきたい、体外受精の基礎知識#5】
体外受精という不妊治療が一般的に知られるようになった昨今。不妊症に悩むカップルは6〜10組に1組と言われる今、体外受精を受けている方は珍しくありません。この体外受精という治療について、山中智哉医師が詳しく解説する連載、5回目では「採卵」のしくみを解説しつつ、一部の方が持っている不安を解消します。
前回記事で、「体外受精では、タイミング法や人工授精といった一般的な不妊治療よりも、排卵誘発剤が使用される機会が多い」ということに触れました。
まずはその理由について、体外受精の流れに沿いながらご説明します。
■体外受精の治療過程「採卵」のしくみ
体外受精を行なう上で、重要な治療過程のひとつに「採卵」があります。
採卵とは、「卵巣から卵子を採取すること」ですが、ただ卵巣に針を刺して吸引しても、卵子を取り出すことはできません。
卵子は「卵胞」という袋の中に入っていて、生理周期が始まると、いくつかの卵胞が「卵胞刺激ホルモン」の刺激を受けて、大きく育ち始めます。たとえば生理周期が28日の方であれば、約14日間かけて卵胞は20mm前後にまで大きくなり、その卵胞の中で卵子は女性ホルモン(エストロゲン)の作用を受けて成熟していきます。
採卵は、この大きく育った卵胞に針を刺して、成熟した卵子を吸引する形で行われます。
このとき、育った卵胞が複数あれば、その卵胞の数だけ卵子を採取できることになり、それが体外受精を行なう際に排卵誘発剤が使用される機会が多いという理由になります。
■卵子が早くなくなるのでは、と心配される方へ
排卵誘発剤を使って、ひとつの月経周期に複数の卵胞を成長させて、複数の卵子を採取すると、卵巣の中から卵子が早くなくなってしまうのではないか、と心配される方から相談を受けることがあります。
確かに、そういったイメージを持たれることも不思議ではありませんが、実際には、そのような心配はないと考えています。
先ほど、生理周期が始まると、いくつかの卵胞が「卵胞刺激ホルモン」の刺激を受けて、大きく育ち始めることを話しました。
刺激を受けたいくつかの卵胞は、そのまま全部が育っていくわけではなく、生理周期の7日目を過ぎた頃からは、ひとつの卵胞が刺激を受け、より大きく育つようになります。その卵胞は「主席卵胞」と呼ばれます。主席卵胞以外の卵胞は、ある程度までは大きくなりますが、その後は閉鎖卵胞となって消えていくのです。
排卵誘発剤は、「体内の卵胞刺激ホルモンの働きを強める薬剤」と「薬剤自体が卵胞刺激ホルモンである薬剤」に分けられますが、いずれにしても、薬剤を使用することによって体内では通常よりも卵胞刺激ホルモンが強く働いている状態になります。
それによって、閉鎖卵胞となって消えていくはずだった卵胞も刺激を受けることとなり、卵胞の成長とともにその中の卵子も成熟し、採卵できるようになるのです。
■卵子凍結でも使われる排卵誘発剤
このような働きから考えると、排卵誘発剤を使用して複数の卵子を採取したとしても、もともと消えていく卵子を採取しているだけなので、卵巣の中から早く卵子がなくなってしまうということにはなりません。
また、排卵誘発剤の使用に関わらず、1回の生理周期の中で、ひとつの卵子が排卵される間に、数十~数千個の卵子が消えていくともいわれています。
排卵誘発剤を使用した採卵では、1回の採卵で20個前後の卵子を採取することもあり、それが消えていく卵子をレスキューしているというと言いすぎかもしれませんが、最近では、若いうちに卵子凍結をして将来の妊娠に備えるのもいいのではという風潮もあります。
卵子凍結を行なう際には、少なくとも10個以上の卵子を凍結する必要があるため、排卵誘発剤を使用した採卵が行なわれています。
そういったことも踏まえながら、次回からは体外受精における排卵誘発剤の使用について、より具体的にお話ししていきます。