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子育ては、人生から何かを奪ったり、何かに取って代わるものじゃない【母でも妻でも、私#4】

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人生に、子育てをどう組み込むか。それはほかの誰でもなく、自分で決めたいと思っていました。子どもを慈しみ育てていきながら、私は私の人生を、引き続き淡々と積み重ねていく。――そんな、自分にとっての最適解にたどりつくまでに、考えたこと。

子育ては、人生から何かを奪ったり、何かに取って代わるものじゃない【母でも妻でも、私#4】

■恵まれた妊娠生活で、違和感をおぼえた言葉

妊娠してから、いろんな人に優しくしてもらった。

たとえば、取材相手。何度もお会いしている方ならともかく、一回きりの企画で、言ってしまえば行きずりのような方からも、温かい言葉をたくさんいただいた。

「元気な赤ちゃんを産んでくださいね」とか「無理しないでくださいよ」とか。

私と私の赤子のことなんて、その人には何の関係もないのに、そんな優しい応援やねぎらいをしてもらえることが、とってもうれしかった。
だって私が元気な赤ちゃんを産んだって、その人には何の得もないんですよ。
なのに、みんな、優しい。

そんなふうにとても恵まれた妊娠生活だったけれど、言われて違和感をおぼえた台詞も結構ある。
相手に私をモヤモヤさせようなんて気持ちは微塵もなくて、むしろ私を気遣ってくれる一環だったりもするから、誰も悪くない。
だからこそ、そんなことにストレスを感じている自分がめっちゃ神経質で、気むずかしいんだろうなって悲しくなったりした。

■母になった私のことを、決めつけられたくなかった

そんな言葉の代表格は「子どもが産まれたら可愛すぎて、仕事なんてどうでもよくなるから大丈夫」。

全然大丈夫じゃない。
子どもが可愛いのと、仕事がしたいのとは別問題で、母親になってもそこを切り離せる私でいたいのに、そんなこと言わんといてよ……。

細々したところでは「そんなネイルできなくなるね」「そんな服着られなくなるね」「ライブなんて行けなくなるよ」「産まれたら何にもできなくなるからね」。

もちろん、子どもが産まれたら自由な時間は減るし、格好にも制限はできるだろうけど、いまそのスタイルを楽しんでいる私にわざわざ言わなくても! たぶん、いまの自分もまるごと否定されているような気がしたのかな。

特に最後の「産まれたら何にもできなくなる」は、先輩ママたちからめちゃくちゃ言われたけど、そんなことはなかったです。派生で「眠れなくなるよ」「死ぬほど大変だよ」とか……そんなネガティブなこと、念を押すように言わなくても。判定きついのわかってるけどそれでも受験頑張ろうとしてる人に「いやー相当厳しいよ」って言う?

子育てとなると、先輩たちがこぞってネガティブなことを言う風潮はいかがなものでしょうか。もっとポジティブな気持ちを発信していったほうが、お互いハッピーで、産みたい人がするっと産む気になれるのでは?

でも、そういう台詞はだいたい、私を心配している人が言う。
仕事も育児も欲張って心身を壊さないようにと、優しさで言ってくれていた。そして、そういう人たちのほとんどが、自分より子どもを優先しつつも、いきいきと子育てしている。

子どもを最優先するならば、言われたことはたしかに全部そうなんだけど……どういうバランスで、何をどう大切にしながら子育てをしていくかは、それぞれが考えること。
結局子どもを優先しなければいけない部分なんて、いっぱいある。だけど、それでも自分以外の誰かに、子どもを産んだ私ができなくなることや、私の変化を決めつけられるのが嫌だったんだと思う。

もし、同じようなことを感じている妊婦さんがいたら。
人の心配を素直に受け取れない自分が嫌になるかもしれないけれど、あまり落ち込まないで。
温かい心遣いを受け取ることと、決めつけられたくない気持ちは、共存していてもいいんじゃないかなと思います。

■自分の人生に、子どもをどう登場させるか

それから、実際に妊娠・出産を経て、わかったことがひとつある。

たとえまだ結婚をしていなくても、なんなら付き合っている人がいなくても。
自分の人生に“子ども”というピースを、どんなふうに組み込むか。または、組み込まないか。
同世代の女性のほとんどが、なんだか悩んでいる。

正直に言って、そんなにみんなが考えているとは、思っていなかった。
特に、まだ産むことも産まないことも決めていない友達――いわば、子どもに関するさまざまな選択肢を残している人たちが、ずいぶん悩んでいる。
自分の人生に、子どもをどんなふうに登場させるか、みんながそんなにも思案しているなんて、考えてもみなかった。

子どもを産むか、産まないか。私は産めるのか。産むとしたら、仕事はどうするか。辞める? 両立するなら、どんなふうに。そもそも、いつ産みたい? パートナーの意志はどうか。私の人生は、子どもでどう変わる? 自分の人生に、どんなふうに“子ども”に存在してほしい? 

――ふつうの顔をして暮らしながら、一問一答を繰り返して、誰もが自分にとっての最適解を求めているみたい。

私の周りには、子どもを産んでも仕事を手放したくない女性が多い。
私もそうだったけれど、その場合は産むと決めたあとに、仕事との付き合い方を考えることになる。それまでの人生で自分が大切にしてきたことと、あらたに加わる大切なもののポジション取りの問題。

でも正解なんてなくて、自分がここちよくいられるバランスと、それを実現するための方法を探して、なんとかやっていくだけなんだと思う。

■主体的な幸せに満ちた人生を送るための、最適解

先日「子育てをしながら、働き続ける理由は何ですか?」と、聞かれた。

そういえば、考えたことがなかった。

仕事が面白くて、好きだから。
自分で収入を得たいから。
外の世界とつながっていたいから。

箇条書きの理由はすぐに思い浮かんだけれど、どれもあまりしっくりこない。
結局ぽろりとこぼれたのは「自分の人生を大切にしたいから」という答えで、あとから自分でも、そうだったのかと思った。

私が妊娠したとき、友人や知人のほとんどが驚いた。
祝福のあとに、たいがい「まだしばらく夫婦ふたりでやっていくんだと思ってた」と言われたし、何人かには「子どもはいらないんだろうと思ってた」とも言われた。
周りからそんなふうに見えるくらい、私は当時の生活に満ち足りていたし、実際に「今すぐ子どもがほしい」というタイミングを迎えないまま、妊娠をした。

でも、子どもはいらないと思ったことはない。

夫婦ふたりの生活もすごく素敵だけど、もし授かれるなら、いつかはほしいと考えていた。
私が“自分の人生を大切にする”ということのなかには、自分のスタイルや仕事を尊重するだけでなく、できれば愛する人と子どもを育ててみたい、という興味も入っていたから。

自分の選択と納得にもとづいて、主体的な幸せに満ちた人生を送りたい。
そのうちのひとつのピースとして、子どもが自然と組み込まれていた。

だけど、子どもを生み育てることと、私が自分の人生を生きることは、またすこし話が違う。子どもを育てるという選択は、たしかに私のものだけれど、私がそれまで大切にしてきたことの代わりには到底ならない。

子育ては、私の人生に加わるもの。
決して、なにかに取って代わったり、なにかを奪っていくものじゃない。
子どもを慈しみ育てていきながら、私は私の人生を、引き続き淡々と積み重ねていく。
それが、いまの私の最適解。

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菅原 さくら

1987年の早生まれ。ライター/編集者/雑誌「走るひと」副編集長。 パーソナルなインタビューや対談が得意です。ライフスタイル誌や女性誌、Webメディアいろいろ、 タイアップ記事、企業PR支援、キャッチコピーなど、さまざま...

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