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故ジル・ローラン監督映画『残されし大地』が懐かしく、美しい

映画『残されし大地』監督を務めたジル・ローランさんは、2016年3月22日、ブリュッセルのテロで、他31名の犠牲者と共に命を落としました。遺されたのは、彼が福島で出会った、故郷を思い、命を尊び、その土地とともに生きることを選んだ家族の物語。本作を紹介するとともに、監督の妻である鵜戸玲子さんに話を聞きました。

故ジル・ローラン監督映画『残されし大地』が懐かしく、美しい

ベルギー地下鉄テロで命を落とし、初監督作品にして遺作となった、ジル・ローランの生命の映像詩『残されし大地』。その妻の母国である日本で、同作が待望の公開となりました。

映画はジル監督の想いを受け継いだ、プロデューサーや同僚らの手によって完成。ベルギーの仲間たちや、妻である鵜戸玲子の熱い想いが伝わり、多くの媒体でも取り上げられ、京都国際映画祭2016クロージング上映から、2017年春に日本公開が決定しました。

ジル監督が、命を懸けて、命の尊さを描いた珠玉のドキュメンタリー映画は、どこか懐かしくて美しい。日本のふるさとの原風景を見るような、癒しすら感じる映画なのです。

■『残されし大地』その物語とは

監督のジル・ローランは、ベルギーを拠点に主に欧州で活躍するサウンドエンジニアでした。

2013年に、妻の母国である東日本大震災後の日本に家族と共に来日。

もともと、環境問題にも興味があったことから、“福島”について調べるうちに、震災の影響で取り残された動物たちのために、その地にとどまり続ける富岡町の松村直登さんの存在を海外メディアでの紹介から知り、そのドキュメンタリーを撮ろうと決意したのです。

そして選んだ題材は、“土地と寄り添いながら生きる人たちの力強さ“でした。松村さんを含めた3組の家族に寄り添うことで、日常としての福島、そして故郷を愛する思いを紡ぎ出していきます。

“反原発”を声高に語るわけではなく、土地本来の持つ変わらぬ自然の美しさを切り取り、感じ取ってもらうところに、ジル監督のメッセージが込められているのです。

その地に取り残されてしまった動物たちの姿とともに、風や木々のそよぐ音、水のせせらぎ。映像と共に美しい自然の調べが奏でられています。

その隣では、汚染された土壌を回収するショベルカーの太い音が鳴り響く……。不条理な状況が映像において、不思議に共存しています。

『残されし大地』は、2015年8月から10月にかけて、福島県で2回に渡り撮影されました。

そして、パリ同時テロ後の12月のこと。編集作業のために、ジル監督は祖国ベルギー・ブリュッセルに一時帰国しました。

編集作業が一通り終わり、内覧試写をする予定だった2016年3月22日、ベルギー地下鉄テロで命を落とすという、思いがけない事件が起きたのです。

■妻の目から見た夫ジル・ローランの生き方とは

ジル監督の妻である鵜戸玲子さんへの今回のインタビューは、本当に不思議な縁によるものでした。

筆者がたまたま自宅でテレビをつけていたときに、『残されし大地』に関する紹介番組が流れていました。その内容に魅かれ、いつか奥様にインタビューできたらと漠然と考えていたところ、偶然にも知人を通じてお会いする機会を得たのです。

鵜戸さんは、現在、日本の出版社に勤めていて、残されたふたりの娘とともに暮らしています。

夫としてのジル監督について、彼女はこう語ります。

「彼は、もともとエコロジー主義で、植物や木を大切にする人。そして、人と土地の結びつきを大切にしていて、断ち切られるということは本当に悲しいことであると、よく言っていました。また、一番大事なものがよくわかっている人。基本的にヒューマニストで穏やかでしたが、どんなことにも解決策はあるはずだと、自分の考えをはっきりと持っていました」

筆者はもうひとつ、鵜戸さんに質問しました。夫であるジル監督を亡くすということは、彼女の人生において、思いがけない悲しい出来事であったはず。その中にあって、上映に向けて働きかけ、ひたむきに強く前に進んでいくことができた。はたして、その原動力は何だったのでしょうか。

「ジルは生きている間、惜しみない深い愛情を娘たちに注ぎ続けました。だから、それはもう一生分だったのではないかと思うのです。5歳と7歳のふたりの娘と話すのですが、今でもパパはいつもそばにいる感覚。愛情が渇いてしまうということは、ないのだと確信しています。

たしかに事件直後は私自身も混乱し、大きな悲しみに打ちひしがれました。でも、今も彼がそばにいるような感じがして。だからこそ、私にできることは、この作品をきちんと多くの方に見ていただけるようにしていくこと。そう思ったのです」

■妻である鵜戸玲子が女性たちに伝えたいこと

「ジルと結婚して海外に住み、娘たちが生まれ、日本に再び戻ることになりました。そして、夫は映画を生み出し、先に逝ってしまいました。

もしかすると、私の人生は、普通の人生ではないのかもしれませんが、成功とか失敗とかではなくて、“らしく生きる”ことが、大切であると感じるのです。

このチャレンジはできる、これはできない、と自分で選択していく人生。そして、起きたことをそのまま、素直に受け止めていく生き方。

そういう生き方を、これから40代を過ごしていく女性の皆さんに、していただきたいと思うのです」

ジル監督は、これからも、きっと妻と娘たちの心に寄り添い続けるでしょう。

その命をかけて紡いだ映画である『残されし大地』には、人の心を癒し、問いかけるメッセージが込められています。

■ジル・ローラン監督作品 『残されし大地』

【公開情報】
7月15日~シネ・ヌーヴォ(大阪)、7月24日~京都みなみ会館(京都)、8月19日~元町映画館(神戸)ほか、全国順次公開中。
コピーライト
(c)CVB / WIP /TAKE FIVE - 2016 - Tous droits reserves

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監督:ジル・ローラン
プロデューサー:シリル・ビバス
出演:松村直登ほか
原題:『LA TERRE ABANDONNEE』
制作:CVB Brussels
配給プロデューサー:奥山和由 (チームオクヤマ)
配給協力:太秦
提供:祇園会館
協賛:パルシステム/ヴィタメールジャポン/株式会社L&Sコーポレーション
後援:ベルギー王国大使館/ベルギー観光局ワロン・ブリュッセル
(c)CVB / WIP /TAKE FIVE - 2016 - Tous droits reserves
2016|ベルギー|カラー|DCP|5.1ch|76分
公式サイト: www.daichimovie.com

ナカセコ エミコ

(株)FILAGE(フィラージュ)代表。書評家/絵本作家/ブックコーディネーター。女性のキャリア・ライフスタイルを中心とした書評と絵本の執筆、選書を行っています。「働く女性のための選書サービス」“季節の本屋さん”を運営中。 ...

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