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計画出産を断念して生じた、ポジティブな「なるようにしかならない」思考

計画出産とは事前に出産日を決めて、それに合わせて出産をする方法のこと。大泉りかさんも計画出産をおこない、年内に退院する予定を立てていた。しかし、体の状況から計画出産を断念し、自宅でいつものように年を越したそう。しかし、焦りはなく「なるようにしかならない」と落ち着いている。

計画出産を断念して生じた、ポジティブな「なるようにしかならない」思考

病院で医師から妊娠の診断を受けた際には、同時に最終月経から計算した「出産予定日」を伝えられる。わたしの場合は、昨年5月に診断を受けた際、12月28日だと伝えられた。

その時点では、年末はずっと先のことだったし、むしろ無事に妊娠が継続するか否か、今後の仕事をどうしていくか、その準備も整わないままで酷いつわりに見舞われたら困るといった、目の前にある心配事に頭がいっぱいで、「年の瀬はちょっとバタバタしそうだな」と思いつつも、さして気にせずにいた。

心配をよそに無事に妊娠は継続し、恐々としていたつわりもほとんど来ないまま安定期を迎えた。仕事を片づけて、産後の休暇とその後の復帰の道筋を作り、懸案していた保育園についても目途がつき、ようやく身の回りが落ち着いた11月半ば。「バースプラン」というものを書くように産院で指示された。

■パースプランを書いて初めて、お産を具体的にイメージできた

「バースプラン」とはお産についての自分の希望を記すもので、実施していない産院もあるが、わたしが分娩をする予定の病院では採用されていた。

自然分娩と無痛分娩のどちらを希望するか、仰向け、横向き、四つ這いなどの産むときの体勢について、分娩室の中でかけるCDや焚くアロマの要望など、実現できる/できないはさておき、産院側のスタッフに、自分の意向やしたいことを伝えるために書く。

悔いのない分娩を実現するとともに、来るべき出産に向けて心の準備を整える意味もあるそうだが、実際にこれを書くことで初めて、お産を具体的にイメージすることができた。頭の中であれやこれを想像するのと、手を動かして具体的に紙に記すのは、やはり違うものだ。

■計画出産で産んで、年内に退院したかった理由

こうして、バースプランを書くにあたり、わたしが自分の出産の状況を考えて決めたのは、「計画出産で産んで、年内に退院したい」ということだった。

計画出産とは、自然に陣痛を待つのではなく、人工的に陣痛を起こしての分娩だ。事前に日程を決めておこなう。経腟分娩と、帝王切開の2種類あるが、わたしの場合は経腟での和痛分娩(麻酔を使っての分娩の一種。無痛を希望したのだが、通っている産院では痛みを和らげる和痛分娩しか実施していなかった)で、年内に退院することを希望した。

なぜ、年内に出産をしたかったかというと、自宅で落ち着いて年を越したかったからだ。こういうことをいうと、「母親の自覚が……」と言われるかもしれないけれど、カウントダウンと正月のお祝いムードに参加したかった――というのが第一。

第二には、わたしが分娩予約した産院では、麻酔医のいる平日昼間しか和痛の処置ができないということで、祝日や休日の多い年末年始に成り行きに任せるのは不安だったこと、そして三つめは、産後の休暇と正月休みの期間をかぶらせることで、その空白期間を詰め、いち早く仕事に復帰できるようにする思惑もあった。

■予定変更……計画出産を断念

実母には「赤ちゃんは出るべきタイミングで生まれてくるものなのに、そんなふうに人工的なことをしていいの?」と、散々に苦言を呈されたけれども、自分の選択を大切にすることこそが、自分の人生を生きることだ。

自分自身が母になるというのに、いつまでも母の言うことを聞いていても仕方がない。そう決めて、バースプランを提出した。

予定日の1週間前、12月21日に入院し、翌日の22日の出産を目指すことになった。産後の入院は5日間なので、スケジュール通りにいけば、年内に無事に自宅に戻れる算段だ。

ところが、直前の検診で、子宮口がまだ全然開いておらず、赤ちゃんもまだ下がってきていないことが判明した。「試してみるけれど、無理かもしれない。それでも、一応やってみましょう」。

ということで、入院当日は膣口を開くためのバルーンを挿入し、翌日22日には陣痛促進剤を打ったりしてみたものの、どうにも出産に進む兆候が起きないということで、医師の判断で早々に計画出産は断念。退院することになった。

■なるようにしかならない、と諦観している今

そんなわけで、出産ルポを書くはずが、この出産失敗ルポの記事を書いているいま現在は、2017年の1月頭。お正月も、もう終わってしまった。

お腹にいつ爆発するかわからない時限爆弾を抱えているかのようで、落ち着かない思いでいるものの、そこまでの焦りはない。意気込んで挑んだ計画出産に失敗したのだから、もう少しへこむかと思っていたのだが、「なるようにしかならない」と、むしろ気楽な気持ちで過ごしているといってもいい。

……なんて余裕を持って言える気持ちの半分は、出産予定日を越しても産気づかず、結局、年末を持ちこたえてしまい、結果、夫や友人たちと、楽しいカウントダウンおよび新年を過ごすことができたおかげもあるが。

しかし、昨年末の時点でも、それほど焦りはなかった。というのも、計画出産を失敗した時点で「もう、なるようにしかならない」と諦めがついて、すーっとこだわりが抜けたからだ。「年内」「経腟」「和痛」という希望を出したものの、試してみて無理だったのだから、仕方ない。

■10ヶ月、私は驚くほどの変化の渦の中にいた

そもそも「なるようにしかならない」ということは、この10ヶ月の間、ことあるごとに嫌というほど思い知らされてきた。止まらない食欲、暴力的な眠気、腰や肋骨をはじめとする身体の痛み、むくみ、胃もたれ、不眠、湿疹、便秘etcと、これまで味わったことのないくらいに、体調が刻々と変化していったのだから。

身体の変化はきつかったが、メンタルも同時に様々な試練にさらされていた。検診で「赤ちゃんが小さい」と言われれば、食生活が悪いのかと悩み、「体重が増えすぎ」と注意されるとへこむ。

お腹の中で起こる微かな異変が、胎動と呼ばれるものであっているのか不安を抱くし、よその妊婦さんが「胎動が激しくて痛い」と漏らしているのを聞くと、「うちの子はそこまで激しく動いていないけれども、何か問題があるのではないだろうか」と心配が心に立ち込める。

さらには、妊娠判明前の飲酒、もしくは場の雰囲気に流されて、コーラや烏龍茶といったカフェインの入った飲み物を飲んでしまったことへの罪悪感、まぐろの刺身やレアで焼いた肉を口にしたことへの後悔……。

■体調の変化はメンタルへの注意をそらすためのシステム?

けれども、不思議なことに、妊娠の周期が進むにつれて、自然と「もう、なるようにしかならない」として、穏やかな気持ちをキープできるようになっていった。というのも、そう思うしかないほど、この10ヶ月、自分の肉体に起きた変化は目まぐるしかったからだ。

たとえ、不安に襲われていても、襲いくる眠気には勝てず、寝てしまえば、ひとまずは悩みからは解放される。

体調の変化に散々振り回されたものの、それらはすべて、メンタルに必要以上に注意を向けさせないために、システムとして組み込まれているのではないだろうか。だとしたら、なんと上手くできているのだろうかと思う。

もうひとつ、徹底的に自分で考えて選択していったことも、わたしにとっては功を奏したと思う。というのも、もしも計画出産に挑戦していなければ「イベントが盛りだくさんの年末年始。夫は外に飲みにいってずるい」だとか「みんな楽しそうなのに、わたしだけひとりで家にいるのが寂しい」だとか羨む気持ちもあったと思う。

■「自分は自分」「人は人」が根本にあればいい

けれど、ベストを尽くした結果の今となっては、もう仕方ないとも思える。人へのやっかみや嫉妬は、「わたしだってしたかったのに……」という理不尽さや不公平さを抱くせいだ。やり尽くせば未練も後悔も生まれない。

「人は人」と思えるようになるためには、まず「自分は自分」だという考えをしっかりと持つことが必要なのだと思う。

そして、子を産んで外に出したところで、妊娠を終えるだけ。これから先は、長い育児が待っている。

腹を痛めて産んだからといっても、子どもは自分とは別の人間だから、思う通りにいかないだろう。いや、いくわけがない。

けれど「自分は自分」「人は人」そして「なるようにしかならない」という考えが根本にキープできていれば、なんとか必要以上に思い悩まずにやっていけるような気がするのだ。


大泉 りか

ライトノベルや官能を執筆するほか、セックスと女の生き方や、男性向けの「モテ」をレクチャーするコラムを多く手掛ける。新刊は『女子会で教わる人生を変える恋愛講座』(大和書房)。著書多数。趣味は映画、アルコール、海外旅行。愛犬と暮...

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