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選択が増えれば、悩みも増える【甘糟りり子の生涯嫁入り前】

「かも」しれなかった結婚、出産。人生で何が大切なことかは、その人が決めるもの。

選択が増えれば、悩みも増える【甘糟りり子の生涯嫁入り前】

それなりに長く生きてきたけれど、私には経験していないことがたくさんある。出産はもちろん、結婚も同棲もしたことがない。よって、中絶とか離婚の経験もない。独身のロイヤル・ストレートフラッシュといってもいいだろう。

かわいそうにねぇ、なんてひそひそした声が聞こえてきた気がする。同情するなら、金をくれ!(また、昭和の匂いになっちゃった……)

「絶対に結婚なんてしない、男なんてあてになんない」とか「子供は要らない。私は仕事に生きるんだから」なんて、確固たる決意の賜物ではなくて、なんとなく目先の仕事や娯楽にかまけていたらこうなってしまった、というのが本音。結果的に、この選択は根がだらだらしている自分にあっていたと思う。強がりでもなんでもなく、結婚しておけば良かった、出産を経験したかった、という後悔はない。していたら、また違った人生だったのだろうけれど、今の自分の生活をけっこう気に入っている。

まあ、万が一、タデ喰う虫のような人が現れて、そのうち結婚はする「かも」しれない。でも、出産&子育ては百パーないと断言できる。これからの残り時間は、まず一人であることを前提に組み立てなければならない。

友人にサニーサイドアップというPR会社を経営している女性がいる。同社は、先日、社員への「卵子凍結補助」を発表した。女性社員が希望すれば、卵子凍結にかかる費用の三割を会社が負担するのだという。希望者の年齢に制限はない。

勇気のある決断である。こうやって、社会は動いていくのだなあとしみじみ思った。

働き盛りの女性が、もしかしたら自分は出産の可能性をすり減らしながら仕事をしているのではないかという不安を取り除くことができる。たとえ卵子凍結を選ばなかったとしても、この選択を知るだけで、自分はどうしたいのかを考えるきっかけになるだろう。私のような人生難民にはならずに済む(迫害を受けたこともないのに難民はずうずうしいか……)。その友人は私の行く末を私以上に心配してくれる。彼女には、私がいつまでたってもふらふらしているように見えるらしい。まあ、それが真実なのだけれど。

きちんと選択しての未婚&未出産と、なんとなく流れ着いてのそれとでは、やっぱり心の形が違うように思う。

しかし、選択が増えることが可能性を広げてくれるわけではないのも、また事実。巷では、卵子凍結という新しい言葉が一人歩きしているけれど、凍結した時の年齢がイコール卵子のそれである。高齢出産に当たる年齢で凍結したら、もろもろの確率は高年齢出産と同じになる。つまり、凍結も若いに越したことはないのだ。

もし、妊娠を望むなら、この言葉の響きだけで、「四十過ぎてもまだまだ安心!」では、決してない。制度が整っても世の中の考え方が進歩しても、産む生き物としての年齢制限は変わらない。恐らく、永遠に。

だからこそ、若さを手放した我々は、自分のしてきた選択に自信を持たなくちゃね。たとえ、それが無意識のうちでも、結果には自分の意思が宿っている。その人の成分は過去が作り出すものだ。

人生で、経験できることなんてできないことよりずっと少ない。手にとらなかった物事をあれこれ吟味しているのは、時間がもったいない。

フルマラソンだってキックボクシングの試合だって、富士山や屋久島だって、『失われた時を求めて』の全巻読破だってミシュラン三ツ星制覇だって、経験したことがない人のほうが多いはず。

こういうふうに書くと、出産や結婚という一大事とマラソンやレストランを同列に語るのか、とお叱りを受けることもあるのだけれど、いちいち揚げ足をとらないで欲しい。何が一大事かは、当人が決めるのだ。

私が伝えられるのは、選択するタイミングを見失わないこと、そして、選択した結果の人生を他人と比べないこと。これが大切。そこにもうひとつ付け加えるとしたら、独身のロイヤル・ストレートフラッシュもそんなに悪くないよ、ということだろうか。

孤独の味わいは、苦くて酸っぱくて、時々だけれど甘いものです。

Illustration / Yurikov Kawahiro
October DRESS 2015 P138に掲載

DRESS編集部

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