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隣に座るの誰だ問題 【小島慶子:連載】

電車や新幹線、飛行機、タクシー、映画、歌舞伎……必ず見知らぬ人と隣り合ったり、近くに座ったりするわけだけれど、それを「同席運」と言うなら「あまりよくないかも」と振り返る小島慶子さん。でも、次はどんな人と隣り合うのか考えると、ちょっと楽しくなるかも。

隣に座るの誰だ問題 【小島慶子:連載】

 仕事の移動で、よく新幹線や国内線の飛行機に乗るが、隣には必ず現場マネージャーが座っている。前は30歳ぐらいの男性だったので放っておいても良かったが、今は20代女子なので、すごく気を使う。まずは向こうが間を持たせようといろいろ話しかけてくるのだが、コミュニケーションの基礎代謝が落ちている中年の私は、会話がなくても全然構わない。いや、むしろ話しかけられると、かえって負担なの……。

 しかし面と向かってそう言うわけにもいかず、大人の労りを見せて親切に返答していると「これギャラ発生しても良くないか?」レベルのカウンセリングトークになったりする。あのさ、移動中って、寝たり本読んだり仕事したり、有効に使いたいじゃん? だから正直、あなたのお母さんの変人ぶりとか、後輩に注意したらグレた話とか、同棲相手とのあれこれとか、それほど……いや、もちろん悩んでるのはわかるよ、でもね、うん、ごめん興味ないわ。って、言えたらどんなに楽だろうと思う。

 まあでも、私もやる気が空回りしていた20代の頃は、そうやっていろんな人に話を聞いてもらって、面白いねーとか、頑張ってるねとか、傷ついているんだよねとか、いろんなことを言ってもらって、なんとかここまでやってこられたわけだから、若い人には優しくしなくちゃいかんよな。と自分に言い聞かせる。

 3週間ごとに家族と暮らすオーストラリアに帰るときは、もちろんマネージャーは同行しない。だから当然、飛行機の隣の席は知らない人なのだけど、案外素敵な出会いってないものだ。偶然、隣り合わせた人と意気投合してお友達に! とか、あるはずのない二人の未来を想像して胸が苦しく……とか、やっぱり経験してみたい。
 だけど引き寄せるのは妙な縁ばかりで、7時間ぶっとおしでいきものがかりのライブ映像を無限ループする男性とか、15分に一回のペースで爆音のげっぷをして機内の全員から殺意を向けられるおじさんとか、全然お友達になれない感じの人ばかり。

 そういえば歌舞伎でも、私の前には必ず座高の高い人が座る。そしてすぐ近くに必ず、公演中にレジ袋をガサガサガサガサやる人がいる。映画に行くと隣の人がにんにくフレーバーだったり、タクシーの運転手さんに至っては、銀座に行くつもりで池袋に出るとか、ドアも開かないほど細い道に入って出られなくなるとか、誰も信じてくれないレベルの珍事件を起こす人にしょっちゅうあたる。これってつまり、同席運が悪いってことだよね……。

 以前、西麻布のバーで夜遅く一人でご飯を食べていたら、カウンター席の隣に座った男が、連れの女性を口説き始めたことがあった。俺は祝詞が唱えられるとか、生理中の女は神棚を触るなとか、俺は夜も選挙も強いとか言っているので、どこぞの議員かと推測して検索してみたら、ものの2分で正体判明。目の前で検索されているとも知らずに「俺の部屋に来いよ」といよいよお持ち帰り作戦に出る男。どうやら仕事仲間らしい女性は、断るでもなく嬉しがるでもなく、嫌悪と打算の間で揺れている。

 ホームページには「エネルギー政策に注力」などという文言が並び、省エネと日本の未来を熱く語る写真が載っていた。しげしげと画面と見比べると、下駄みたいな顔を真っ赤にして、違う方面のエネルギーに注力しているのは、やっぱり同じ男だ。女性の太ももに手を置いて「ちょっと寄るだけだからさ?」と詰めの作業に入った模様。耳元で何か囁いては、女性の腹肉を揉んだりしている。
 そろばんを弾き終わったのか、ようやく頷いた女性に、男は「いいね。じゃあ、コンビニ寄ってから行こう。あ、言っとくけど俺の部屋、エアコンないから。あと冷蔵庫も冷えてないよ。消費電力を節約するために、いつもブレーカー落としてから出かけるからね」と、こんなところでまさかの政策有言実行!
 二人が夜の街に消えた後、目が合ったバーテンに黙ってホームページの画面を見せると、彼も黙って頷いた。本当に東京って怖い街だ。隣の席に誰が座っているかわからない。私も、うっかり大声で悪口とか言わないようにしよう。
 
 いっそもうトキメキなんかいらないから、次のフライトではどうか、隣に身寄りのない大富豪が座りますように。リモコンの使い方を教えてあげたら感激して、あなたに資産を譲りましょうなんて、言ってくれたりしないかなあ。仕事に疲れると、半ば本気でそんな妄想をして、横目で隣人の靴や時計をこっそりチェックする。袖すり合うも他生の縁。こんどはどんな人とお隣になるか、楽しみだ。

小島 慶子

タレント、エッセイスト。1972年生まれ。家族と暮らすオーストラリアと仕事のある日本を往復する生活。小説『わたしの神様』が文庫化。3人の働く女たち。人気者も、デキる女も、幸せママも、女であることすら、目指せば全部しんどくなる...

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