物語の中に取り残されたい夜に【TheBookNook #58】 2/4
1. 夕木春央『方舟』
ミステリーの新巨塔と言っても過言ではないこの作品。地震で閉鎖空間となった山奥の地下建築で不可解な連続殺人が起きる……。誰かひとりを犠牲にすれば脱出できるが、殺人犯が混ざっているという極限環境での葛藤が不気味に描かれていきます。
よくある密室設定だからと、クローズドサークルの派手な展開になると思ったら大間違い。殺人が起きているにもかかわらず周囲の人たちの妙な落ち着き、違和感、それらは“自分たちは助かる”と誰もが楽観視しているから。そこには活字を飛び越えて笑みすら見透けてきます。
読語はしばらく手汗と動悸が止まりませんでした。一度目に読んだときと読み直したときで、同じはずの登場人物のセリフが大きく変わって聞こえてくるのも今作の特徴。全員が助かるために犠牲になるひとり。
殺人犯は誰なのか。閉塞感のあまり何度も現実の外の景色を眺め、深呼吸を重ねました。エピローグの破壊力も凄まじく、人間の思考を逆手に取った推理小説。
ミステリーとして間違いなく“面白い”のに、“面白かった”では済ませられない。この感覚は、本作でしか味わえません。
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