あの日、母は私に包丁をつきつけた。もし身近な人が更年期障害に苦しんでいたら
まだまだ社会で十分に理解されているとはいえない更年期障害。日常生活を送ることすら困難になることもあり、本人はもちろん周囲の人たちにも大きな影響を及ぼします。母親の更年期障害をきっかけに、更年期の健康をサポートするNPO法人「ちぇぶら」を設立した永田京子さんに、更年期について知っておくべきことを伺いました。
■いつも明るく元気な母から、包丁を向けられた日
——永田さんのお母さんが更年期に差し掛かったのは、永田さんが中学生のころ。具体的にはどのような症状がみられたのでしょうか?
うちの母は「目が乾く」という症状から始まったんです。更年期って「ホットフラッシュ(のぼせやほてり)」のような症状が起こるイメージがあると思うんですけど、母はそうじゃなかった。普通、目が乾いたからって婦人科には行かないじゃないですか。だから眼科に行くわけです。
「ではこの目薬とこの飲み薬を飲んでください」と錠剤を処方されて帰ってくるんですけれども、今度はその錠剤が喉にくっついちゃって飲み込めない。これは粘膜の乾燥のせいなんです。で、今度は耳鼻科に行く。そんなことが続いていました。
母が本当に行くべきだったのは婦人科で、必要な治療も目薬や大量の飲み薬ではなくホルモン補充療法だったのですが……。
ほかにも、うつ症状がありましたね。病院で時間もお金も使うのに、体調も良くならないと気が滅入るじゃないですか。そこに私の父ですよ! 母にとったら夫ですが、理解が全くないわけです。「仕事もしてないのに怠けないで」みたいなことを言われて、症状が悪化していきました。
母はいつも真面目で明るく、ギャグばっかり言ってるいわゆる”関西のおばちゃん”だったのに、すっかり変わってしまって。当時、大学生の姉は一人暮らしをしていて、父も単身赴任でほとんど東京にいたから、私と母はふたり暮らしでした。さらに私は反抗期まっさかり。かたや女性ホルモンが上がって不安定だし、かたや下がって不安定。不安定どうしがひとつ屋根の下にいたらもう。
——かなりギスギスしますね……。
ぶつかりすぎちゃって。母もおかしくなってるから「もうお前を殺して私も死ぬ!」と包丁持ってぶわーっと追いかけてこられちゃったんですよ。うわやばい! と思って友だちの家に避難する大騒動がありました。
ずっと「かわいいね!」と言われて育てられてきたのに突然「あんたなんか産まんかったらよかったわ!」と言われて。お母さんは私のことを嫌いになったんだ、もう愛されなくなったんだと、その後もずっと心に引っかかり続けていましたね。
もちろん母の行為の原因が、すべて更年期障害にあったとは限りません。女性でなくとも、ホルモンバランスの乱れがなくとも、イライラを募らせて過激な振る舞いをされる方はいます。けれど、もしもあのとき、母にとって適切なケアがなされていれば……とは思うんです。
■もしかして、母は更年期障害だった?
——10年以上経って、永田さんが更年期の女性をサポートする活動をすることになったのは、どのようなきっかけが?
もともと産後ケアの仕事をやっていたんですが、当時住んでいた埼玉県所沢市から「40〜50代の女性向けに健康サポートをしていただけませんか」という依頼をいただいたんです。せっかくの機会なのでお請けすると、みんなものすごく疲れていて「この時期は家族とかにも当たっちゃうのよね!」「気持ちが抑えられなくて、あとで後悔しちゃって……」と(更年期に関する)お話を伺う機会があったんです。
そこで私の記憶がつながって「もしかしたら母は私のことが嫌いになったんじゃなくて、更年期のせいで体調が悪かっただけじゃないか?」と思うようになりました。そこから更年期について考えるようになり、更年期のサポートや予防、改善をするため2014年から「ちぇぶら」の活動をスタートしたんです。
■更年期を正しく知ることの大切さ
——身近な人に更年期障害が起こったとき、私たちにはどんなことができるのでしょうか?
更年期障害は、予防も対処も管理もできるもの。出口のないトンネルのように感じるかもしれませんが、必ず終わりがあります。なのでまずは、更年期について知るということが何より大事です。ちぇぶらで全国の女性1014人からアンケートを取ったことで、更年期に本当に必要なものも見えてきました。
ひとつは正しく知る機会。もうひとつは運動の機会。体を動かしている人のほうが体調がいいということがアンケートからもわかりましたし、実際、運動は自律神経を整えてあげる効果があります。
そしてコミュニティ。「理解してくれる人がひとりでもいたら違った」「夫が話を聞いてくれて楽になった」「お友達と不調自慢したら気持ちが軽くなった」という声が寄せられました。
——更年期の苦しみを共有することで、負担を軽くすることができるんですね。
ですが、更年期に意識が向いていないとき、特に20代30代のときには「そんなにイライラしちゃって、更年期なんじゃないの〜?」というふうに、人や自分を揶揄するときについ使ってしまう場面も。そうなるとますます話題にしづらくなるのかなと思います。
更年期について腫れ物に触るようではなく、もっとフラットに語れるようになっていくといいですよね。たまに、女性社員だけでなく部署全員で更年期研修を受けてくださる企業がありますが「社内で更年期について明るく話題に出せるようになった」という言葉をいただいています。
——その職場、すごく働きやすそうです。
また、講座ではよく「大事な決断は体調がいいときにしてくださいね」と伝えています。やりがいのある仕事に就いていても、更年期障害による不調が続いて「この体質では周りに迷惑欠けちゃうんじゃないか」と辞められてしまう方がけっこういらっしゃるんです。一時の不調や落ち込んだ感情で決断してしまわないように、周囲で「大事なことは体調がいいときに決めようね」と確認し合うといいですね。
■更年期は人生を楽しむ土台作り
よく講座のなかで、更年期を過ぎた55歳から65歳のころには黄金期が待っているという話をするんです。シルバーになる前にゴールドがあるんですよ、私たちは!
——黄金期!どんな時期なのでしょうか?
更年期を過ぎると女性ホルモンはほぼゼロになって、男性ホルモンが優位に立つんです。男性ホルモンは社交性ホルモンとも言われていて、私たちを元気に、活動的にさせてくれます。自分に自信がでるし、いろんなことをチャレンジしたくなるような時期が待っているんですよ。
更年期以降もまだまだ人生は続いていきますから。ネガティブなものではなく、一回切りの人生をより楽しむための土台作りの期間なのだと捉えていただければと思います!
Text/いつか床子
取材協力/永田京子
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