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いつかは「イイ男のフリ」をしなくてもいいように

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パートナーの誕生日、私は26万円のギターを贈ったーー。こうしたふるまいは、一見「女性は男性に尽くされ、守られてこそ幸せ」という価値観から抜け出しているように見えるかもしれない。でも、実際はそんなに単純な話ではなく……。マドカ・ジャスミンさんのコラムです。

いつかは「イイ男のフリ」をしなくてもいいように

この記事がリリースされる頃、私は24歳の誕生日を迎えるパートナー(※)へプレゼントを贈っているだろう。およそ26万円するギターを。

これを執筆している段階では、もちろんまだそれを贈っていないが、「プレゼントであげるよ」といった宣言はしている。約一カ月前にそれを宣言された彼は、毎日欠かすことなくYouTubeでそのギターの演奏動画を視聴し、現物を試奏しに楽器屋へ行った回数も一度ではない。

一見、ほほえましいカップルの光景に見えるかもしれないが、女性から男性へ26万円という高価なプレゼントを贈るということに驚く人も一定数はいるだろうと感じる。2020年の今も、女性は男性に尽くされること、また男性は女性に尽くすことが美学であるといった感覚はなくなってはいない。

若者でも、その美学を掲げている人が少ないとは言えない。そして彼・彼女らはそのことを特に不思議に思っているわけでもないのだ。

■「結婚式ぐらいはきちんとやってくれる男と一緒になれよ」

私にも、その“美学”の片鱗が心の奥底で反応する瞬間がある。9歳から父子家庭で育ち、体育会系な厳しさで“男らしく”“昭和的に”育てられ、強く自立した、いわゆる“男性に頼らない”生き方を好むパーソナリティが形成された。反面、離婚前は母親を含め家族3人を養い、離婚後は出世コースを走りながら小さな私と弟を育て上げ、“立派”な生き方をしてきた父親は昔からこう繰り返す。

「結納や指輪、結婚式ぐらいはきちんとやってくれる男と一緒になれよ」
「自分が愛した女ひとりすら養えない男なんて有り得ない」
「お前は母親似で奔放、かつわがままだから、俺みたいに何でも言うことを聞いてくれる人じゃないとやっていけないと思うよ」

最後の言葉はさておき、父親は震え上がるような厳しさで私を育てながらも、「女性は男性に守られるのが幸せ」という考え方を提案してくるのだ。お前はしっかりしている。俺に似て頭もいい。自分の足でしっかりと生きられて、きちんと責任を果たせる人間だ。そう言う父親の気持ちもわかるし、実際にそう言われるような人間になろうと今この瞬間も努力していれば、そういった側面を彼の背中を見て学び続けているのだから。

けれど、先述の発言を聞いて、私はひどく困ってしまう。なぜなら、私は「男性に守られる女性になる」ための方法を学んでいない……というよりも、学べなかった、と言ったほうが正しい。事実、私の周りにいる、良い意味でジェンダーを感じない女性とルーツの話になれば、私と似た経験を積んできた人が大多数を占めた。

■ひと昔前の“イイ男”的なふるまいをしてしまう女性たち

とはいえ、時代は私たちのような女性像を後押しする風潮にあると感じる。夫や彼氏へ外車を購入した、誰もが知っている高級腕時計を贈った、服や靴は何も理由なく買い与え、食事の際も会計を軽やかに済ます。私が贈った26万円のギターにでさえ、「たったのそれだけ?」と驚く女性もいるだろう。

一昔前は男性が女性に行うのが一般的だったことを、躊躇なく行う女性がいる。相手男性もまんざらでもない。バブル時代の男女からすれば、卒倒ものだろう。これもまた時代の変化かもしれないが、一概に称賛されるべきことではないと私は主張する。

24歳である私の親世代ですらまだバブルの名残があり、「女性は男性に守られ、男性は女性に尽くすことが美学」にのっとって生きてきた人が多い層だ。私の父親が口にする言葉は決してめずらしくはないし、同じような価値観で育てられた同世代も多いと感じる。親との仲が特別にこじれていない限り、親からの教えは年齢と比例して思考回路に根づいていくのがマジョリティだろう。

親から受け継いだジェンダーバイアスに必要以上のストレスを感じ、それを振り払うかのように昔の“イイ男”像を投影したふるまいをする女性。私を含めたこういった女性たちは、一見「男らしさ」「女らしさ」にとらわれていないように見えて、実際にはジェンダーバイアスがもっと可視化されていた時代に生きていた女性たち以上に苦しんでいると感じる瞬間さえも多いのだ。

それでも、昔ながらの「当たり前」に疑問を抱き行動を止めないのは、私が“私らしく”死にゆくためだ。長きに渡って押し付けられた棺桶のような型にはまって生きるのは、生きながら死んでいるといっても過言ではない。

男性にあらゆる意味で特別なふるまいをしなくとも、自分が生きたいように生きようとも、「あなたのジェンダー観はいいね」と何気なく言われる世の中はまだまだ遠い未来。だけど、そう遠くはない未来。

私は“自分”として死ぬために生きる。私自身のために、そして未来を生きる、私よりも若い人たちのために。複雑なようでシンプルな、その営みの中を今日も誰もが生きていく。それだけのことだ。


(※)このおよそ2週間後、3月19日にこの彼とはお別れしました。

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マドカ・ジャスミン

持ち前の行動力と経験を武器にしたエヴァンジェリストとして注目を浴びる。また性についてもオープンに語る姿が支持を集め、自身も性感染症防止の啓蒙活動を行う。 近年では2018年に著書「Who am I?」を刊行。テレビ番組や雑誌...

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