「足袋持ってきてね」? 変わり種デートのすすめ 〜お食事だけが正解じゃないから〜
「夜、待ち合わせをして、お食事と会話を楽しむ」というテンプレートは、果たしてデートの最適解なのか? 26歳で離婚後、数々のデートを重ねてきた編集者・藤田華子さんが語る、もっとデートを楽しむための提案。今回は、非日常すぎない“変わり種デート”のすすめ。
前回「朝デートのすすめ」を綴りましたが、今回も変わり種です。
離婚の傷も癒え、友人たちの援護により男性との出会いに恵まれた私は、着々とデートを重ねるようになりました。そんな折、浮かんできたナチュラルな疑問。
「すっごく楽しかったデートと、何だか不完全燃焼に終わったデートの違いは何なのか?」
恋愛にマニュアルはありませんから、カップルの数だけ正解はあるし、楽しい・楽しくない要因はさまざまだと思います。でも年頃の男女にとって、「あなただけのため」に時間とお金をかけ、真心を注ぐって、けっこうすごいこと。せっかくならば、ホクホク幸せな気持ちになれるデートを目指したいじゃないですか。
どうすればと考えていたとき、「全国子ども電話相談室」の回答に膝を打ちました。
「好きな人に告白する言葉を教えて」という小6の女子からのかわいい相談に、放送タレントの永六輔はこう答えます。
同じ感動を、同じ時点で受け止めること。そして声をそろえて感動することーーつまり、心が通う経験をたくさんしようというわけです。
そんな経験をさせてくれた彼とのデートを振り返ります。
■「足袋を持ってきてね」というリマインド
気になっていた男性からこんな連絡が入りました。
「足袋、持ってますか? 今度、お能のお稽古に行かない?」
お能……?
歌ったりするのかな? 音痴だけど、恥ずかしくないかしら? 脚太いの、目立たないかな?
意中の相手に良いところを見せたい乙女心が働きます。
ためらっていることを察した彼から、また連絡が。
「たまに行くんだけど、面白いよ。華ちゃん、好きそうだと思って」
この誘いは、彼が生きる世界の延長線上なのか。身構える心が優しく溶けてゆきました。お能のお稽古中に、顔を浮かべてくれたことがうれしい。行ってみたいですとお返事しました。
当日のリマインドメール
■声をそろえて感動した夜
神楽坂で待っていると、飄々と彼がやってきました。彼はアーティストを生業としていて、風のような身軽さが魅力でした。
お教室に入ると、先生と、老若男女20名ほどの生徒さんがいらっしゃいました。目標は能一曲を舞うことですが、一回のお稽古では能の台本である「謡(うたい)」を謡い、基本の所作を「仕舞(しまい※)」で学びます。すべてが初めてでてんてこ舞い!
彼はすぐにその場に居合わせた方々と仲良くなり、「そこはすり足だよ」とか、サポートしてくれました。最後みんなの前でこの日の成果をひとりずつ発表し、この日はお開きに。
お腹が空いたねとレストランまで歩く道のり、教わった内容を一緒に復習しました。道端で舞う彼の姿が、少年みたいでおかしかったです。
「難しかった!」
「奥深い世界!」
「先生に惚れ惚れしたねえ!」
興奮気味に感想を述べ合っていたら、彼は「俺たちも堂に入ってたよ!」とニヤッと笑いました。覚えも悪いし、堂々としていたわけないのですが、幸福感で胸がいっぱいになったのを覚えています。
■高温のデートと平温のデート、どちらも楽しい
このあとも彼から誘われ、極寒の釣り堀でおしゃべりしたり(1時間いて1匹も釣れなかった)、浅草に雷おこしを作りに行ったりしました。派手ではないけれど、どれも忘れられない思い出です。
夢の国に行きましょうとか、フレンチのフルコースを予約しましたとか、非日常のイベントは熱量を使います。それが毎回続くと私は疲れてしまうし、胃もたれしてしまう。たまにだから、その時間が愛おしい。
一方、ひぐらしの鳴き声に包まれて畳でうたた寝している夏の夕方、恋をしていると「ここにあの人もいれば良かったのに」と思うことがあります。
楽しかったこと、気持ちよかった瞬間を一緒に味わいたいという平熱のデート。
あなたと一緒にどんな景色を見たいか、その景色の中であなたがどんな顔をするのか。彼のデートはそんなコンセプトだったんじゃないかなって思います。本人に言ったら、「何も考えてないよ」と笑われそうだけど。
冒頭にも書きましたが、カップルの数だけ、さまざまな恋愛の形があります。
もっとデートに多様性を。
もっと皆さんのデートライフが楽しくなりますように。
(※)能の一部を面・装束をつけず、紋服・袴のまま素で舞うこと。
編集者、エッセイスト。休日はお湯に浸かって読書か場末の飲み屋。将棋、竹原ピストル、江國香織が好き。ベリーダンサーの時は別の名。