SNSと恋模様〈Facebook編〉交際ステータス詐称男に恋をした
エッセイストの大島智衣さんが、恋愛とSNSにまつわる「きゅん」「えええ!?」なエピソードをつづる連載「SNSと恋模様」。今回はFacebook編をお届けします。「交際ステータス:独身」なのに、毎日メッセしてるのに……そんなの……そんなのアリ!?
女友だちに誘われて、知り合いの男の子が実行委員をやっているというエコロジー系の野外フェスに出向いたある夏のこと。
深い山あいの会場にやっとのこと辿り着いた汗だくの私たちに、気前よくミントどっさりのモヒートを作ってくれたのが、その彼だった。
伸ばしっぱなしの髪を無造作に結び、構えていない感じの服装もどこかセンスが良くて、自然体な物腰や表情とよく合っていた。普段はフォトグラファーをしているのだとか。
私はひと目で、彼を気に入ってしまった。
“長い髪束ね系の男子”にめっぽう弱い。
「髪? 別に伸ばしてるんじゃなくて。ただ伸びるままにしてるだけ。わざわざ短く切る必要もなくない?」といった風の、「自然に身を委ねるよ俺は」的イズムな男子にやられがちだ。
家に帰るとさっそくFacebookを開き、女友だちの友達一覧から彼を見つけ出して友達リクエストを申請した。
そしてほどなくして承認され、彼とSNS上の友達になった。
基本データのプロフィールをじっくりと見る。
「交際ステータス:独身」
やった!
また彼に会いたい。仲良くなりたい。
もじもじしながら、でもわくわくしながら、Messengerで彼にメッセージを送った。
「◯◯さん、昨日はモヒートごちそうさまでした。爽快でした。笑
そして、フェスおつかれさまでした☆
ともだちになってください。よろしくおねがいしまッす」
すると、
「また来年もぜひ遊びにきてくださいね〜!」
とすぐに返信が。
最初はお互いにかしこまった挨拶から始まって、だんだんとたわいもない会話のやりとりが続くようになった。
写真のことや、好きな音楽、それから恋愛のことも。
そんな中で私が何よりも嬉しかったのは、彼が返信をくれ続けることだった。
「もう、これで途切れるかな」と思っても、またメッセージを返してくれる。
これは、脈なしの恋をあまた経験してきた私には新鮮すぎる現象だった。
男子とは、こんなにも返信をくれるものだったのか!?
男子とは、すぐに親指の「いいね!」マークを押してやりとりを寸断させる生き物ではなかったのか!?
私がこれまでに出会い、恋し、誘ってきた男子たちは、皆そうやって、やんわりと私の気持ちから距離を取って引いていったというのに……彼ってばそれをしない!!
何これ!? 世界ってこんなにも明るいものだったの?? 知らなかった!!
……と、初めての感覚にきゅんきゅんと気持ちが盛り上がっていった。
メッセージが既読になったときの「ポコッ」というヘンな音に、彼が返信を入力している間に波打つ三点リーダ「・・・」に、彼からの返信が届いたときの通知音に……そのすべてに、心がハネた。
そうして、いつの間にか敬語がタメ口へとほどけ、ほとんど毎日のようにメッセージをやりとりする仲になった。
それはときに、断続的に4時間以上に渡ることも。
完全に、恋をしていた。恋への期待が高まっていた。もしかして彼も私のことを……? と。
そうして2週間ほど経ったある日、ついに一番訊きたかったことを思い切って尋ねてみた。
「付き合ってる人って、いないの?」
メッセージが既読になり、3つの黒い点たちが波を打つ。彼からいったいどんな返信がくるのだろう。ドキドキ……。すると、
「いや、結婚してます」
……え?
「でも、自由にしてます」
ええ!?
なんじゃそりゃあああ!! 独身じゃなかったの??
予想もしていなかった事態に、なんだよそれ(涙)なんだよそれ(涙)なんだよそれ(涙)なんだよそれ(涙)……と頭の中がパニック!
だって、プロフィールに「独身」ってあったじゃんね? なんで? あれ嘘? 交際ステータス詐称!? 「自由にしてる」って、はぁ? っていうか、この2週間のメッセージのやりとり、一体何だったの!?
が! ここはぐっと堪えて、事態の真相を把握するべく! 動揺を隠しながら平静を装って、
「独身じゃなかったんだ」
とクールに返信を打った。そしてそのままやりとりを続けた。
するとどうやら見えてきたのは、こんな彼イズムだった。
「もともと結婚願望はなく、結婚という制度にも懐疑的。それでも相手が望んだのでなりゆきで結婚することに」
へぇー。
「そもそも、愛する人は何人いても平等に最大限の愛を注ぐこともできる。人が一生をかけてひとりしか愛せないなら、世界は終わってる。なぜひとりだけを愛し抜くことが、そんなに特別なのか?」
ほおおー。
で? もしかしてそれが、結婚してなお「交際ステータス:独身」のままの理由?
……ふ、ふざけるなー!!
だったら、「既婚〜でも自由にしてます〜」とかにしとけ。それかいっそ「博愛主義」とか!(そんな選択肢ないけど)
こちとら、こちとら……独身だと思って密かにアプローチしてたから、今さら既婚者と知ったからってほいさっさと引き下がれないじゃないか。そんなあからさまにコイモク(恋目的)で近づいたこと、晒せないよ恥ずかしくって。
だから彼を責められなかった。
彼が独身だろうと既婚者だろうと、関係ないふりをした。
けれど結局、火が着いてしまっていた彼への想いを終息させるのに、ずるずると1年以上かかってしまった。
その間、彼は相変わらず私がメッセージを送れば必ず返してくれたし、飲みに誘っても「忙しい」とほとんど叶わなかったけれど、それでも4〜5回ふたりきりで会うことができた。お互いに指一本触れることはなかったけれど。
それからしばらくして、彼が父親になったことを、Facebookに投稿された生後間もない赤ちゃんの写真と共に知った。
そのあとも時折、成長していく子どもの写真がタイムラインに上がってくる。
私はそれらに決して「いいね!」は押さない。なんか押せない。
だけど不思議とこんな風にも思う。
彼の仕打ちは、やっぱりズルい。だけど、そんな彼に恋心を打ち明けはしないままに「あわよくば」と接触し続けた私も、どこかズルい。
それでも、理性的であることが前提のこの日常の世界に、「恋」とか「愛」とかを持ち出して誰かと深く関わろうとしてたのはふたりとも一緒だった、と思う。
だからなんだか、この恋も、彼のことも、憎みきれないでいる。
たくさんのメッセージを交わしながらも、長いながい恋の前戯みたいなことをただ重ねただけの、結実しない恋だったけれど。
それでも、最後まで彼にどうしても訊けなかったこと────
「私に恋愛感情、あった?」
あっても、なくても、滅茶苦茶へこむのがわかっていたから。
Illust/久保夕香(@yuka1263)
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