心地よい人付き合いをしたいから。私が心がけているちょっとしたこと
こんにちは。田中里奈です。今月のテーマは、“素敵な大人”について。周りの素敵な人たちから学んだことや日頃の心がけも含め、私が大人として大切にしていることをお話しします。
■立場や性別に関係なく、誰とでもフラットに接する
私は、境界線(ボーダー)を意識しない性格です。上京した際に県境が気にならないことに気づき、海外に行くようになってからは〝ちょっとそこまで〟気分でどこの国にも行くので、国境も気にならない自分に気がつきました。さまざまなジェンダーの友達も多く、性別の垣根も気にならないようです。
男女の区別なく付き合うので男友達も多いほうだと思いますし、有名人であろうとどんな人であろうと、“ひとりの人”としてフラットに接します。
知りたいのは、社会的役割のフィルター越しに見たその人ではなく、その人が何を思っていて、何を好きなのか。立場や地位、仕事や年齢よりも、心の中身のほうが気になるので、社会的にすごいと言われる人でも「心が貧しいな」と感じる人には魅力を感じませんし、その逆も然りです。
だから普段、仲良くしている人たちは、素敵な方ばかり。自分にはないものを持っている方々で、会うたびに気づきを与えてくれます。常に尊敬の気持ちを持って接しています。
■相手に対する敬意を忘れない
素敵だなと思う人たちは、人に対してフラットな人が多いですね。フラットというと敬意が足りないイメージを持たれる方もいるかもしれませんが、フラットとは上に見たり下に見たりすることではなく、敬意をもって真っ直ぐその人と向き合うことです。
例えば、友達のお母さんに会ったときに「◯◯ちゃんのお母さん」というよりは、「△△さん」という、ひとりの人として向き合うようにしています。それは有名な人や目上の人であっても同じです。
相手がどんな人であっても敬意を忘れない、そんな姿勢が益々いい環境を引き寄せているように思いますし、そういう人を大切にする人たちと一緒にいられるのはとても有難いなと感じています。
もちろん、私も目上の人に会うと緊張をした時期もありました。でもいつだったか、「どんな人でも皆同じ人間だな」と気づいた瞬間があり、それから徐々に「人間関係ではフラットに接することが、お互いにとって一番心地いい」という考えになっていったように思います。
■自由に選べるのは「大人の特権」
地位や肩書きを気にされる方を、否定しているわけではありません。自分と異なるスタンスの人に出会っても、「なるほど、そういう考え方もあるんだな」と受け取りますね。
自分のモノサシだけで判断するのはナンセンス。私は「誰の何も否定したくない」ですし、「みんな違っていて、みんな素晴らしい」と思っています。
ただ、自分には合わないと思えば、適度な距離感を持って接したらいいだけ。合わない意見や合わない人を無理に〝受け入れる〟ことは難しくても、〝認める〟ことならハードルは下がります。
どこに住むか、誰と関わるか……といったことを自由に選べるのは、大人の特権。
子どもの頃は学校や家庭環境など、抗えない場所も多くありましたが、大人になればチョイスできることがたくさんありますよね。大切なのは、その特権をどうとらえ、上手く活用するか。私もよく、「自由に選べるんだから、どうしたい?」と自分に問いかけています。
どこに身を置くのがベストか……と考えたら、自分の居心地がいいところにいるのが一番ですよね。答えはいつだって、自分の心や感覚が知っている。一緒にいて心地よい人や環境と過ごすことを、私は何よりも大事にしています。
■ 「ありがとう」「ごめんなさい」を言える大人でありたい
特権がある一方で、大人になると素直に「ごめんなさい」が言える人が少なくなる、とも感じています。小さい頃は、ケンカをしたら、「ごめんね」「いいよ」で解決していましたよね。私は「ありがとう」と「ごめんなさい」は魔法の言葉だと思っているので、思ったときは必ず言うようにしています。
自分も相手も気持ちがいいですし、謝ったり感謝したりするのは何も恥ずかしいことじゃない。多少理不尽なことがあっても、憤りを感じていることがあっても、自分の非を認めるところや感謝したいところがあれば、「その点に関しては、ごめんなさい(ありがとう)」とちゃんと言いますし、言葉がお互いの感情を昇華してくれるので、トラブルにもつながりにくいです。
友人や知人はもちろん、タクシーの運転手さんや清掃の方などにも、そのふたつの言葉は必ず言うようにしています。言われて嫌な人は絶対いないですし、ありがとうはプラスをもっとプラスにする力もある言葉。
1日その言葉を使うように心がけてみたら、幸せな気持ちになれて世界が変わると思うので、皆さんにもぜひお勧めしたいですね。
編集協力/外山ゆひら