この春は「ふらっと能楽体験」で日本の伝統芸能の奥深さに触れてみよう
20代半ばに伝統芸能の能楽に出会ってから、3年以上能に魅了され続けている筆者が、気軽に能楽に触れることのできるイベントをご紹介します。能舞台や能面など、"本物"に触れることができるのは、歴史ある演能団体が主催するイベントならでは。伝統芸能や日本文化をもっと気軽に体験できたら……そう思っている方におすすめです。
そろそろ春に向けて、なにか新しいことを始めようかな……と考えている人も多いのでは。
そんな方は、この機会に日本の伝統芸能に触れてみるのはいかがでしょうか。自らのルーツを知るだけでなく、知らなかった日本の文化や作法に触れて、自分と深く向き合うきっかけになるかもしれません。
今回は、和の学びと楽しい体験がつまったイベント「ふらっと能楽体験」をご紹介します。
■「能楽」って知っていますか
能楽の上演は主としてこのような専用舞台で行われます。
歌舞伎や文楽と並ぶ日本の伝統芸能として有名な能楽。
能の作品の多くは、主役である幽霊が出てきて、昔の想いを語って去っていくという内容です。幽霊が出てくるだけでなく、その幽霊が主役である、という演劇は海外でもあまり例がないのだそう。
幽霊や神など、人ではないものを内包する能楽の世界観は、しばしば「幽玄」と表現されます。
「ふらっと能楽体験」では、能楽の世界の奥深い美しさだけでなく、能楽を支える「身体性」や「道具」など、その内側にまでたっぷり触れることができます。
どちらかといえば能楽初心者向けのこちらのイベント。筆者がお邪魔させていただいたときは、20代から50代まで幅広い年代の方々が参加されていました。定期的に能楽を観るという人もいれば、少し見たことがある程度の人まで、能楽キャリアも人それぞれ。
今回は、「特に楽しかった!」と感想が寄せられた体験型コンテンツに焦点をあてて、イベントの一部をご紹介します。
■基本の構えとすり足はなかなか過酷
最初に教えてもらったのは、基本の構えと足の運び。これが思った以上に過酷!
能舞台の「橋掛かり」という場所をすり足で進みます。
能楽の表現では、たとえお爺さんの役だからといって、“いかにも”なお年寄りの動作をしません。能の動きはすべて基本の「構え」に支えられていて、しっかりとした骨格を保つからこそ装束も生きてくるのだとか。
そうした能楽の基本姿勢は、ぜひ一度体験してみてほしいほどに難しいのです。
・まずは前傾姿勢になり、お尻を後ろに突き出す。
・その状態から上体を起こす。その際、骨盤はそのままに、胸だけ起こしてくるように。
・進むときも、膝はできる限り曲げず、かかとは床から離さないように(俗に言うすり足ですね)
という内容。実際にやってみると、まったくもって言われる通りにはいかないことがわかります。
能の舞の美しさは、普段私たちが普通にしている姿勢とは異なった「構え」や「すり足」など、知られざる身体性によって支えられていたのですね。
■能面を着けての記念撮影も
イベントでは紹介する曲に合わせて、実際に舞台で使われる小道具や能面に触れることができます。今回は『高砂』という大変おめでたい演目で使われる道具を紹介してもらいました。
能『高砂』曲紹介
兵庫県の高砂神社にある「相生の松(あいおいのまつ)」に由来する、大変格式の高いおめでたい曲。松は古来、神が宿る木とされ、常緑樹である「松」に「長い繁栄」を、「相生(あいおい)」という言葉に「ともに老いる」という意味がかけられています。
能『高砂』は、夫婦和合の象徴として、その一節が結婚式等で謡われることもあるのだとか。
『高砂』に登場するお爺さんが着用する「小牛尉」という面を着けて撮影タイム。
能面と一緒に着けている鬘は1回1回結うのだそう。
「能面のような表情」という表現は、表情があまりないという意味で使われますが、実際の能面をよく見ると、ちょっとした角度で見え方が変わるほど、豊かな顔つきであることに気づきます。
能楽師はその微妙な角度を工夫しているため、時に自分の視界より面の角度を優先することもあるという、普通だったら考えられないようなお話まで聞くことができました。
■謡(うたい)で舞台に反響する声を楽しむ
せっかく能舞台に立てるからには、あの不思議な響きの謡も体験したい。
今回教えていただいたのは、祝賀の場面で謡われることもあるという「四海波静かにて」から始まる詞章。お能の詞章には、素人には難しい独特の節付けが存在しているので、能楽師の安藤さんの後に続いて一緒に謡っていきます。
安藤さんからは、「とにかく大きな声で謡ってください」とのアドバイス。
謡のときにも扇を必要とするのは、結界を結ぶ意味があるからなのだとか。
扇をもって結界とみなすのは、能だけでなく茶道などほかの日本文化にも通ずる部分があります。
この微妙な節付けが難しく、苦戦します。
しかしながら、大人になってから人前で大きな声を出す機会はそう多くないもの。能楽堂で声を出すと、自分の声ではないかと思うほど響いてくるので、これはなかなか気持ちいいものでした。
そして何よりプロの能楽師の声はけた違いで、真正面に向き合うと圧倒されます!
プロの能楽師の声を浴びつつ、出せる限りの声を響かせます
■ゆったりに見えて意外に難しい能の舞
謡を習った後は、その謡にあわせた舞を実際に舞台で舞うことができます。
最初に教えてもらった基本の構えとすり足を軸に、「型」と呼ばれる舞の振付けを教えてもらいます。
実際に体験するのは、30秒ほどの短い舞。先に練習した「四海波静かにて」の一節を謡ったら、後はプロの能楽師の謡にあわせて教えてもらった通りに舞います。
能面を着けたときの視界の狭さは想像以上。
頼りになるのは、サポートしてくれる能楽師の方の声、謡が聞こえてくる方角、そしてうっすら視界に入る柱のみ。特に柱については、観客側から見ると邪魔でしかないものが、なぜ能舞台に存在するのかを身をもって体験しました。
能面をつけて視野を狭められると、否が応にも視覚以外の感覚を研ぎ澄まされることがわかります。それは同時に、普段私たちが何気なくしている仕草が、いかに無意識的で受動的なものか、ということでもありますね。楽しい体験のなかには、そうした気づきも存在していました。
■初心者こそ行ってみて! まずは触れてみることから
上演時以外は簡単に立ち入ることのできない能舞台を貸切状態で行われるこちらのイベント。能楽の奥深い世界にもっと気軽に触れてみてほしいという想いから、3000円という低価格で、毎月2回、定期的に開催しているそうです。
紹介される能面や装束は、すべて主催の銕仙会で所蔵されているもの。普段の演能で実際に使用されているばかりでなく、江戸時代に作られた歴史ある貴重品もあるのだとか。
初めての人でも楽しめる体験なのは、舞台から能面・装束にいたるまで、「本物」に触れることができるからこそ。紹介される道具類は曲に合わせて毎回変えるそうなので、何度でも楽しめそうですね。
参加者からは、「プロの能楽師の謡をこんなに至近距離で浴びるのは、観ているときとまた違った感覚があった」「能面を着けて舞うなんて、なかなかできないから嬉しかった」などの感想が寄せられました。
足袋や扇などの必要な道具もすべて貸し出してくれるので、イベント名の通り「ふらっと」能楽の世界にトリップすることができそうです。
百聞は一見にしかず、「伝統芸能は敷居が高い」と思う人こそぜひ参加してみては。あっという間の2時間になること間違いなし、ですよ。
■ふらっと能楽体験イベント概要
舞台狂いが転じて、能にのぼせ上がる日々を送る会社員。
中学生の頃に、小面の能面の写真を見て心惹かれるものを感じる。社会人になってから「生きている小面が見たい」「美しいものを見たい」という一心から本格的に能楽を鑑賞しはじめ、...