「女性専用車両」は、なぜ憎しみを産むのか? 【痴漢から見る日本の病とは~緊急討論#2】
痴漢被害を防ぐために、そして女性ケアのために設置された女性専用車両。このように男女を「断絶」することは、痴漢の根本的な解決に繋がるのか。
2017年8月に刊行された『男が痴漢になる理由』(斉藤章佳著,イースト・プレス刊)は、痴漢の実態を解き明かし、その撲滅の手段を探る一冊となっている。男性の中には、タイトルを見ただけで、苛立ちを覚える人もいるだろう。
『男が痴漢になる理由』はすでに多くの話題を呼び、各メディアに取り上げられている。そして今回、著者・斉藤章佳さんと、痴漢をはじめとする性犯罪にまつわる問題を追うライター・小川たまかさん、そしてAV業界で長年仕事をしてきた二村ヒトシ監督、同書の企画・編集をしたフリー編集者の三浦ゆえさんが、痴漢問題に見る「日本の病」を、それぞれの立場から解き明かすトークイベントが開催された。
ここでは、イベントで繰り広げられた討論の一部を全3回に分けて紹介していく。
出演者プロフィール
・三浦ゆえさん(フリー編集&ライター)
・斉藤章佳さん(精神保健福祉士・社会福祉士/大森榎本クリニック精神保健福祉部長)
・小川たまかさん(性暴力、教育、働き方などを取材するライター)
・二村ヒトシさん(アダルトビデオ監督)
第一回:すべての人間には、加害者性がある
第三回:性犯罪の一次予防は「性教育」から始まる
■自分にとって都合のよい現実をつくりだす「認知の歪み」
小川たまかさん(以下、小川):私にもその加害者性があると思っています。ただ、私は自分が性的に男性を加害するというのは想像しづらいんですよね。でも、これってただ私が大概の男性より力が弱いからなどの理由で、自分より力が弱い人がいれば、身体的な加害をする可能性は十分あると思っていて……。
「虐待で子どもを殺す母親」、これも女性の加害者性ですよね。ルポライターの杉山春(すぎやま・はる)さんが、子どもふたりをネグレクトして殺してしまった母親の話を書いた『ルポ虐待:大阪二児置き去り死事件』(ちくま新書)という本を出されているんです。これは、追い詰められた母親に、手を差し伸べる人が誰もいなかったという側面を書いています。
私はこの話を聞いたときに、自分も追い詰められれば、子どもを殺してしまうことは十分あるだろうなって思ったんです。この話について記事を書くと、よく分かってくれるお母さんもいるんだけど、一方で「そんなのあり得ない」って反発をするお母さんもいて。私は、そっちのお母さんの方がむしろ危ないと思うんですよね。
そのお母さんたちはすごく頑張って子どものケアをして、「わたしは毎日こんな大変な思いをしている」「もちろん虐待なんて絶対していないし、虐待は絶対許せない」って思っている。自分がもし追い詰められた状況になったとしても「虐待なんか絶対にしない」と信じている。けど私は、そういう人の方がなんか怖いんです。これは痴漢にも言える話なのかなと。加害性を認める余裕がないというか。
(参考記事:「お母さんが子どもを育てなくてもいい…… 『ルポ虐待』著者が語る、虐待の連鎖を止める方法」)
三浦ゆえさん(以下、三浦):痴漢をしている最中の男性は、「加害をしている」って思っていないんですかね?
斉藤章佳さん(以下、斉藤):性暴力であると思っていないですね。
三浦:それは性犯罪者に特有の「認知の歪み」に当てはまりますね。
二村ヒトシさん(以下、二村):「俺のテクニックによって、女性を悦ばせているぜ」とか思っているんじゃない?
三浦:それはわかります。「認知の歪み」とは、「痴漢をはじめとした性的問題行動を続けるために、本人にとって都合の良い状況を作り出すもの」を指します。本書にもいくつか例が書かれていますが、「自分が女性を悦ばせている」というのもそのひとつです。
斉藤:彼ら(痴漢加害者)が現実をどう見ているか、というのを言語化したものを表記しているのですが、これを見てみると彼らの中にはほとんど葛藤や罪悪感がない。もし葛藤や罪悪感があれば続けられないですから。自分の都合のいいように現実世界を見て、「認知の歪み」を育み強化している。
二村:痴漢が「犯罪」だからこそ、捕まりさえしなければ良いという認識ですよね。そういう意味で言うと、彼らは「痴漢は犯罪だって世間は言っているけど、俺と被害者のふたりは悦んでいるんだから」みたいに思っているんでしょうかね。ルパン三世にでもなっているつもりなんじゃないですか。
斉藤:痴漢加害者は、勤勉で真面目な性質があるので、スキルを磨いたり、記録をつけたりしている方もいます。情報収集をしっかりしたり、「正の字」で手帳に回数をつけたりですね。このように痴漢という行為の中でスキルアップをしているんです。さらに複合的快楽(達成感や支配感、ギャンブル性など)も伴っていてやめられなくなります。
二村:たぶん一生懸命やってるんだよね。本当にみじめな話なんだけど、真面目に痴漢をやっている人たちなんですよ。
斉藤:結局逮捕されたときにそういった記録の手帳が警察にバレて、そこに書いてある情報を見られてしまう。そして、「痴漢の回数です」と正直に自白する。本人の中に「自分は真面目にやってきた」という認識があるので隠さない人も多いです。
■「女性専用車両」と「男性専用車両」で完全に分けるべきなのか
三浦:本書では、最終的に痴漢の撲滅方法を探っていくんですけど、これを議論するときに、必ず出てくるのが女性専用車両。それから冤罪を怖れて男性専用車両をつくってほしいという声もあります。
二村:無責任な意見で申し訳ないんだけど、痴漢が現れてしまう以上、割り切って完全に分けたほうがいいんじゃないかな。本当にやるべきことは通勤ラッシュをなくすことですよ。でも、日本に満員電車がある以上、痴漢は必ず出てくると思う。だから良くない方法だけど、分けるしかない。あと監視カメラを徹底して、ディストピアにしちゃうとかね(笑)。
三浦:すでに都内の一部の電車には監視カメラがついているところもありますよね。
斉藤:常習化した彼らにヒアリングしてわかったのは、監視や罰を与えることが、本人の問題行動を亢進させる側面があるということです。例えば依存症という観点から見たとき、スキルアップを目指している人にとって、監視されている場所で体験する行為前の緊張感や葛藤、行為中の高揚感、行為後の後悔、そのあとに続く渇望感がさらに強化されるというのが、嗜癖のサイクルなんです。
三浦:彼らにとっては、逮捕されないことが一番重要で、つまりゲームが難しい局面になれば、余計に攻略したいって思うわけですか?
二村:だとすると、監視カメラは無駄ってことですね。
斉藤:監視カメラも無駄ではないです。潜在的な痴漢予備軍やこれから痴漢をしようとする人に対しては抑止力にはなります。ただ、常習化した人には逆効果だと思います。より困難な環境で対象行為に及ぶというチャレンジをしますから。
二村:車両を分けることは?
斉藤:現実的には、それもひとつの案だと思います。
小川:私は被害者側の視点から痴漢の記事を書いているので、自動的に「男性専用車両反対、女性専用車両賛成の人」だとアンチ女性専用車両の人から思われて攻撃されるんです。でも、本当は女性専用車両にはあまり賛成じゃないし、それは過去にも記事に書いてるんですよ。
ひどい痴漢被害に遭って、男性と満員電車で乗り合わせられないっていう女性はいるので、そういう方への措置という面でどうしても現状では必要だとは思います。だけど、根本的な解決になっているかといえば、どうなんだろうって。
■「断絶」をすることで痴漢への「無理解」が膨れ上がっていく
小川:さらに言うと、女性専用車両があることで、無理解や憎しみを呼んでしまっている面もあるのかなと。アンチ女性専用車両の運動とかされている方は、集団で女性専用車両に乗り込んだり、女性専用車両のステッカーを剥がしたり……。
二村:おかしな人たちだよね。
小川:そこまで極端な行動には出ないにしても、女性専用車両の必要性をわかっていなくて「たいした被害もないくせに、女のわがままだろう」って思っている男性もいます。女性から直接被害を聞いたことがなくて、「わざとじゃなくて、軽く手が触れただけなのにそこまで嫌がるのかよ」っていう無理解があるんです。
女性専用車両によって「断絶」していることで、現代はこの無理解がどんどん膨れ上がっているような気がするんです。痴漢の実態を知らない人が多いのに、女性専用車両が憎悪を生んでいる状態が怖いなと感じます。まず、痴漢って実際に多くの子どもが被害に遭う悲惨な性暴力だということの理解が進まないと……。
三浦:斉藤さんが見た例で、「女性専用車両に乗っていない人は、痴漢されてもいい」と本気で考えている加害者がいたそうですね。これもさきほどの「認知の歪み」に繋がる話ですよね。
斉藤:自分の「認知の歪み」を自分で書き出していくというプログラムがあるんですけど、「女性専用車両に乗っていない人は痴漢されることを望んでいる」と考えている加害者はいます。その人は、警察に捕まったときびっくりしたらしいんです。「なぜ自分が逮捕されるの?」と。周りが騒ぎだして初めて自分がやったことが犯罪なんだと気付いたようです。
三浦:「この女性は痴漢をされることを望んでいるのに、なんで自分は捕まるの?」ということですか?
斉藤:そうです。「もし痴漢されたくないんだったら、女性専用車両に乗りなさい」というロジックを持っているんです。
二村:女性が女性専用車両に乗るか乗らないか任意で選べるようにしちゃうと、行動には移さなくても、そう思う人が出てきそうですよね。ぼくがエロを作る立場だからそう思うのかもしれないけど、そこにはロマンを見出せてしまうんですよ。つまり「女性専用車両に乗らない女性は、痴漢待ちの女性である」って思いたい。だから痴漢撲滅の効果を優先的に考えるなら、強制的に分けるしかないんじゃないですか。
三浦:痴漢被害にあった女性がその被害を告白したとき、第三者から「嫌なら女性専用車両に乗ればいい」って言われるセカンドレイプもあります。
二村:完全に法律で、男性はこれに乗れ、女性はこれに乗れってやるべきなんでしょうね。いや、これは極論だってわかってますけどね。そういう強制的な方法が、ますます無理解の溝を深めてしまうっていう小川さんの言葉にも同感です。ただ、社会に生きている人間ていうのは、ぼくも含めて、他者の感情や置かれている状況について、ほとんどなんにも理解しないし、できないんじゃないですか。
小川:私も女性とか男性とか分けずに痴漢が起こらないことが理想だと思っているけど、現状では机上の空論で理想論だなと感じます。だけど、私は人間の善と知性を信じたい(笑)。「カフェでバッグを置いたままトイレに行っても盗まれない安全な国」って言ってるのに、一方では「満員電車なら痴漢がいるのもしょうがない」になるのはなぜなのかなとも思ったりします。
第一回:すべての人間には、加害者性がある
第三回:性犯罪の一次予防は「性教育」から始まる
(Text/小林航平)
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出演者プロフィール
斉藤章佳(さいとう・あきよし)
精神保健福祉士・社会福祉士/大森榎本クリニック精神保健福祉部長。 1979年生まれ。大学卒業後、アジア最大規模といわれる依存症ケア施設である榎本クリニックにソーシャルワーカーとして、アルコール依存症を中心にギャンブル・薬物・摂食障害・性犯罪・虐待・DV・クレプトマニアなどさまざまなアディクション問題に携わる。その後、2016年から現職。専門は加害者臨床で「性犯罪者の地域トリートメント」に関する実践・研究・啓発活動を行っている。著者に『性依存症の治療』、『性依存症のリアル』(ともに金剛出版/共著)がある。その他、論文多数。
小川たまか(おがわ・たまか)
文系大学院卒業後、フリーランスを経て2008年から編プロ取締役。主に性暴力、教育、働き方などを取材。2015年に自身の性被害を書いたことをきっかけに性暴力に関する取材に注力。エロは好き、暴力は嫌い。近々、性暴力とジェンダーに関する本を出版予定。
二村ヒトシ(にむら・ひとし)
アダルトビデオ監督。1964年東京都生まれ。慶應義塾幼稚舎卒、慶応義塾大学文学部中退。監督作品として「美しい痴女の接吻とセックス」「ふたなりレズビアン」「女装美少年」など、ジェンダーを超える演出を数多く創案。現在は、複数のAVレーベルを主宰するほか、ソフト・オン・デマンド若手監督のエロ教育顧問も務める。著書に『すべてはモテるためである』『なぜあなたは「愛してくれない人」を好きになるのか』(ともにイースト・プレス)、『淑女のはらわた』(洋泉社)、『僕たちは愛されることを教わってきたはずだったのに』(KADOKAWA)など。
三浦ゆえ(みうら・ゆえ)
フリー編集&ライター。女性の性と生をテーマに取材、執筆活動を行うほか、『女医が教える本当に気持ちのいいセックス』シリーズをはじめ、『サクラ先生が教える! コウノドリ 妊娠・出産 Q&Aブック』(講談社)、『失職女子。〜私がリストラされてから、生活保護を受給するまで〜』『私、いつまで産めますか?〜卵子のプロと考えるウミドキと凍結保存〜』(ともにWAVE出版)などの編集協力を担当。著書に『セックスペディアー平成女子性欲事典ー』(文藝春秋)がある。