虐待かな、と思ったら……ダイヤル189(いちはやく)を知っていますか?
「あなたの1本のお電話で救われる子どもがいます」――2015年7月1日から始まった、児童相談所への全国共通ダイヤル189(いちはやく)。広報活動も行われていますが、まだそれほど知られていないようです。子どもや親の、または自分の心のSOSが聞こえたときに何ができるのか、いっしょに考えてみませんか。
こんにちは、島本薫です。落ち葉がかさこそ鳴る季節になりましたね。
毎年11月は「児童虐待防止推進月間」。
わたしはこの言葉を聞くと思い出す、ある胸の痛む経験があります。
もうずっと前のことですが、近所ですさまじい子どもの泣き声が響いたことがありました。そのときわたしがどうしたか、まずはそこからお話しましょう。
■突然、子どもの悲鳴と泣き声が響いてきた
それはまだ、携帯電話がただの電話でしかなかった頃のこと。その日はたまたま前の仕事が早く終わり、わたしは午後もまだ早いうちに帰宅しました。
ものわかりのいい上司に感謝しつつ、自宅の鍵をあけようとしたとき――どこからか、子どものすさまじい泣き声が響いてきたのです。
そのころ、時折マンションのどこかで子どもの異様な泣き声が響くことがあって、気になっていたのですが、その日の泣き声は日頃聞いていたのとはまるで違いました。
泣き声というより、悲鳴。追い詰められた小さな動物の叫び声のようでした。
泣き叫ぶ声に混じって、吠えるような怒鳴り声。ただ、何と言っているのか、どこから声がするのか、さっぱりわかりません。
逃げるように家に入っても泣き声はやまず、ひどくなるばかり。いたたまれなくなって、外の空気でも吸おうとベランダのドアを開けた瞬間、泣き声が大きく響き渡りました。そして、どの部屋で泣き声がしているのか、ハッキリわかったのです。
■「すぐに通報しなさい。その間に何かあったらどうするの」
天気のいい日だったので、その家でもベランダ側の窓をあけていたのでしょうね。響き渡る泣き声を聞きとめた人は、わたしだけではありませんでした。
向かいのマンションでも、何人もがベランダに出て不安げな顔をのぞかせています。下を見れば、道行く人が皆顔を上げて声のするほうを見ています。ピザの配達の人まで、ちらちら上を見ながらバイクを走らせていきました。
それほどの泣き声であり、怒鳴り声だったのです。
わたしはもうどうしたらいいかわからなくなり、母に電話して泣きつきました。
「子どもの悲鳴と泣き声が、もう20分以上も続いてるの……」。母は即座に返事しました。
「あなた、すぐ警察に電話しなさい」
……え、でも、そんな大ごとに……。ためらうわたしに、警察はこういうときにあるものです、と言い切る母。じゃあ、番号案内で最寄りの交番の番号を調べて……。ぐずぐず言うわたしに、母はこう言いました。
「いいから110番なさい。番号なんか調べてる間に何かあったらどうするの」
■「疑いがあれば、遠慮なく知らせてほしい」
何も知らないのに。
何も事情を知らないのに、よその家のことに口出ししてもいいのだろうか。
迷うわたしの背中を押したのは、母の言葉だけではありませんでした。吠えるような泣き声に混じり、「やーめーてー!」という声が聞こえたのです。
震える手で110番を押し、おそるおそる状況を伝えたところ、ほどなくパトカーが到着しました。
ありがたいことに、そのころには泣き声も止んでいたので、いたずら電話だと思われるのではないかとびくびくしていましたが……。行動を起こした以上は、咎められることも覚悟の上でした。
わたしの心配をよそに、やってきた刑事さんはきちんと状況を確認してくれたばかりか、その様子を伝えてくれたのです。
「中に入って様子を確認させてもらいました。お子さんは泣きつかれて寝てしまったようですが、確認したところ、身体的な虐待の様子は見当たりませんでした。親御さんに話を聞くと、少しきつく怒りすぎてしまったかもしれないと言っていました」
わたしが警察の手をわずらわせてしまったことをお詫びすると、
「かまいません。虐待の疑いがあれば、これからも遠慮なく通報してください」
――そう言い切ったばかりか、遠慮しないでほしいと、強く念を押されたのです。
■通報をためらう理由、ためらわなくていい理由
警察が訪ねてきてからというもの、子どもの泣き声が響くことはなくなりました。あの日何があったのかはわかりませんが、何かが変わるきっかけになったかもしれません。
通報をためらう理由はいろいろあると思います。これは虐待と言っていいのだろうかという不安もあれば、「チクる」ような後ろめたさもある。ご近所づきあいへの影響を考えたり、よその家庭の教育に口を出せないという逡巡もあるでしょう。
だからこそ、何でもないときに考えてみてほしいのです。
見逃してはいけないSOSのサインとは、どんなものだろうかと。
そして、SOSをキャッチしたときに何ができるのかを、知っておいてほしいのです。
どこかで「虐待なのかも……?」というケースに出会ったときに、ひとりで抱え込まなくてもすむように、親と子のSOSにはどんな相談窓口があり、どんな対応が行われるのかを知っておきませんか。
■児童虐待相談窓口「ダイヤル189(いちはやく)」:その仕組みとポイント
子どもへの虐待のおそれを発見した場合は、「ダイヤル189(いちはやく)」に電話をかけて、相談するのが一番です。虐待の通報はただでさえ不安を伴うものですが、少しでも落ち着いて対処できるよう、その仕組みとポイントをご紹介します。
Point 1:189への通報は、110や119とは違う
通報というと警察や火事・救急のような緊急対応を想像してしまうのですが、まずは再配達の受付のようなものを思い浮かべてみるといいかもしれません。
発信電話の市外局番から自動的に地域の児童相談所に振り分けられることもあるのですが、たいていはガイダンスに従って地域を絞り込み、最寄りの児童相談所を探すことから始まります。
せっかく勇気をふりしぼって通報しても、この過程で電話を切ってしまう人が多いのだとか。少しだけ辛抱して、最寄りの相談所につながるまで待ちましょう。ひとたび電話がつながれば、専門家に話を聞いてもらえるのですから……!
Point 2:虐待「かも」と思ったら、連絡していい
「虐待と言い切れないから見過ごすのはなく、迷うときも電話してください。そうすれば、調べられますから――」。相談所の方の、切なる叫びです。
児童相談所では、通報から48時間以内に子どもの「安全確認」をすることが義務付けられているそうです。実際に子どもの様子を見たうえで、さまざまな情報や専門家の知見を踏まえて判断するので、まずは知らせてほしいとのこと。
通報者の匿名性は守られますので、その点は安心してください。
Point 3:親の悩みも相談できる
相談できるのは、虐待の怖れのある子どものことだけではありません。189は、子育てに悩む親のための窓口でもあるのです。
つい怒鳴ったり手を上げてしまう自分は虐待をしているのだろうか、という不安を抱えている親御さん自身はもとより、子育てに悩んでいる知人がいる、という場合も相談してかまわないのです。
なお、「虐待を受けた子どもは、虐待する親になる」という通説は、統計学的に否定されているそうです。虐待は世代間連鎖するものではない、と考えてください。
189への通報が、誰かのつらい気持ちに寄り添うきっかけになることを、願ってやみません。