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大人は見た目が9割。自分も他人も心地よい装いを

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昔は周りからどう見られるかを気にしていたのに、人はいつから「多少自分が不便でもビジュアル重視」という気持ちがなくなるのでしょう。「自分が心地よいかどうか」を追求するだけでなく、たまには「他人が見て、心地よいと感じるかどうか」について考えてみるのもいいのでは?

大人は見た目が9割。自分も他人も心地よい装いを

先日、ユニクロのオフタートルニットを買いました。いざ着てみると、若干チクチクするのが気になります。

でも、見た目は好みだし、価格もリーズナブル。どうせワンシーズンで着倒すし、多少の不快感は我慢しよう、と思って色違いで買いました。「他の方の評判はどうなんだろう?」とちょっと気になり、口コミを見てみたところ、あることに気づいてしまいました。

「チクチクする」という否定的なクチコミをしているのは、40代以上が多い――と。

もちろん、40代以上の全員がそういうクチコミをしているわけではないし、もっと若い世代でもチクチクするというクチコミを書いている人もいます。

しかし、若い世代の場合、「でも、かわいいから着る」とか「チクチクしないように中に何か着る」というような、最終的には「たとえチクチクしても、見た目はいいので着ます」という肯定的なクチコミが大半。

一方、大人のクチコミは、「このニット、チクチクします。以上」という否定だけで終わっているものが少なからずあり、この違いはおそらく年齢によるものなんだろうなぁと思ってしまったのです。

■他人の目を気にしなくなるのは一種の老化現象

大人になると、いろいろな面で落ち着いてくるし、自分の好みもわかってくるので、自分が心地よいと思うものを求めるようになるのは当然の話。

心地よさを求めたい、というのは悪いことではないのですが、心地よく生きるという選択肢の中から、「他人が見て、心地よいと感じるか」という考えが抜けてしまっていませんか?

他人の目を気にしなくなる。これって一種の老化現象なのでは、と私は思います。

人はいつから快適さばかりを求めて、不便でもビジュアル重視、という気持ちを捨ててしまうようになるのでしょう。

自分が学生のころや、社会人になりたてのころを思い出してみると、当時の同世代は、多少不快だろうが痛かろうが、工夫したり我慢したりして服を着ていたはず。

なのに、ふと気づけば、同一人物のはずなのに、そういう不便さや面倒くささをなんとかしてまで身なりを気にする、という意識が、同世代からだいぶ減ってしまっているように感じます。

■大人は見た目を気にしないと清潔感がなくなる

いい歳して、見た目、見た目と言ってる場合じゃない、という意見もあると思います。

でも、そのいい歳だからこそ、ある程度見た目を気にしていかないと、なくしてはならない清潔感までなくなってしまうのが大人。

ただでさえ、年をとったら、シミとかたるみとか、体についた余分な肉とか、清潔感を失わせる要素が多くなるのだから、せめて洋服など、すぐに変えることができる部分でアピールする必要があるのではないでしょうか。

ちゃんと洗濯している、などというのは、そもそもできていて当たり前の部分なので、主張すべきはそこではなく、見た目でわかる清潔感。

「ちゃんと身なりを気にしていますよ」という、わかりやすい記号としての装いなのだと思います。

■外見に無頓着すぎると、内面までだらしない人に見えてしまう

力を抜くことと手を抜くことは別もの。

肩の力が抜けた大人、という言い訳のもとに、見た目に関して、「まぁいいや」と手を抜いていたり、気にしなくなってしまったことはないですか?

サイズがあっていない服、ニットの毛玉、パンツの色褪せ、すり減った靴のかかと、生えグセだからと諦めた寝グセ、万年同じメイク、処理していない腕毛、など。

きっと誰しも、昔なら気にしていたのに、今は手をつけていない部分があるのではないでしょうか。

そういう部分が見えてしまうことで、外見に無頓着だと思われるだけでなく、内面のだらしなさまで想像され、それがそのまま自分のイメージになってしまう。それもまた恐ろしい話。

たまには自分の心地よさだけでなく、周り人たちが見たときの心地よさについて、考えてみてもいいのでは?

そういう意味で自意識過剰であることは、一種の大人のマナーなのではないかと思います。

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木村 瞳

美容鍼灸師 自身のニキビ肌や毛穴の開きに劇的な美容効果をもたらした美容鍼灸に心酔し、鍼灸師の国家資格を取得。 美容鍼灸施術やワークショップ、美容コラム発信などを行う。

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