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夏の終わりのノスタルジア - 大人の読書感想文

少女時代、『西の魔女が死んだ』(梨木香歩)を手に取ったことがある方は少なくないのでは。大人になった今、偶然読み返す機会がありました。気づけば8月も残り10日余り。読書感想文に気を重くしていたあの頃に懐かしさを感じます。夏の終わり、若い頃に読んだ本をもう一度読んでみては?

夏の終わりのノスタルジア - 大人の読書感想文

■残暑お見舞い申し上げます

といっても、東京は8月に入ってから記録的な雨続き。灼熱の太陽におびえ、SPF50の日焼け止めを買いこんで、猛暑の到来に備えていたのにいささか拍子抜け。紫外線がさんさんと降り注ぐ夏空が恋しいとさえ思うのだから、人間とはつくづく自分勝手な生き物です。

■土砂降りの夏の日曜日、『西の魔女が死んだ』と再会

雨宿りに立ち寄った本屋さん。平置きの棚に、夏休みの読書感想文の強い味方、新潮文庫の100冊が並んでいました。学生時代はよくお世話になったな、とノスタルジックな気持ちで本のタイトルを眺めていたら、懐かしい本を見つけました。

『西の魔女が死んだ』(梨木香歩著)

本書が出版されたのは1994年(のちに文庫版が2001年発売)。よく中身も確かめず、タイトルに惹かれて買ってみたのだけど、読み終わったあと、「とんでもない本に出会ってしまった……!」と心が躍ったのを思い出しました。

■生きにくいタイプの女の子

主人公は、イギリス人の祖母を持つ13歳の女の子。繊細で集団行動が苦手な少女は、いじめに遭って入学したばかりの中学に通えなくなってしまいます。

自分は「生きにくいタイプ」だと決めつけふさぎ込む我が子を心配し、母親は、田舎でひとり暮らしをしている祖母に娘を預けるという決断をします。

不登校の娘を前にして、あれこれ説得せず休学させて家から出すという行動に出た、その思いきりのよさに、同じく娘を持つ母親として、やたらと感心したのを覚えています。

■自分には魔女の血が流れている

イギリス人の祖母とのふたり暮らしは、少女の心にいろいろな変化をもたらします。田舎に流れるゆったりとした時間のなかで、人一倍感受性の強い少女は新しいことを一つひとつ不器用に学んでいきます。

それを見守る祖母の姿はどこまでも温かくて……。そして、ある日、祖母は孫娘にとっておきの秘密を打ち明けます。自分には魔女の血が流れているのだ、と。

■「自分の直感に取りつかれてはなりません」

その日から少女の魔女修行が始まります。魔女になるための必須条件は「自分で決めること」。

納得できないと前に進むことができない少女は常に祖母に問いかけます。

幸せってなに? 「なにが幸せかっていうことはその人によって違いますから。なにが自分を幸せにするのか、探していかなければなりませんね」。

死ぬってどういうこと? 「ずっと身体に縛られていた魂が、身体から離れて自由になることだと、おばあちゃんは思っています」。

どうして体を持つ必要があるの? 「魂は体を持つことによってしか物事を体験できないし、体験によってしか、魂は成長できないんですよ」。

祖母は孫娘と根気よく向き合います。さらに祖母は孫娘に語りかけます。「魔女は自分の直感を信じなければいけません。でも、その直感に取りつかれてはなりません」。

説得力のある祖母の言葉は、霧雨が地面を濡らすように静かに少女の心に染み込んでいきます。それにしても、このイギリス人おばあちゃんはどんなときも悠然としています。その自信はどこからくるのでしょうか。

少女が「おばあちゃん、大好き」と声をかけるたびに、おばあちゃんは必ずこう答えます。「アイ・ノウ」。ここは英語なんだ……。カッコよすぎます。

■「サボテンは水のなかに生える必要はないし、蓮の花は空中では咲かない」

やがて、少女は学校へ戻ることを考え始めます。一匹狼で突っ張る強さを養うか、群れで生きる楽さを選ぶか……。最後の答えを見つけられないでいる孫娘に祖母はこう言います。

「自分が楽に生きられる場所を求めたからといって、後ろめたく思う必要はありませんよ。サボテンは水の中に生える必要はないし、蓮の花は空中では咲かない。シロクマがハワイより北極で生きるほうを選んだからといって誰がシロクマを責めますか」。

祖母との暮らしのなかで生真面目な少女は次第に強さとしなやかさを身につけていきます。そして、ついに少女は決断をします。

自分で決めた道を歩き出そうとする孫娘に祖母はある約束をします。やがて、その約束が果たされる日がやってきて――夏の終わりの夕暮れのような、悲しいけれど清々しい結末です。

■映画版では美しい映像も楽しめる

この小説は2008年に映画化もされています。当然、封切られてすぐに一人娘と観にいきました。

原作のイメージそのままに、流れる空気の香りまで感じられるほど繊細で美しい映像。きれいな日本語を話し、祖母役を好演した外国人女性が名優シャーリー・マクレーンの娘だったと後から知りました。

鑑賞後、娘がしくしく泣き出しました。娘は当時小学校4年生。無邪気に友達と遊びまわる年頃が過ぎ、教室内にグループだの、仲間外れだの、ややこしい揉め事が起こり始める時期です。

何か感じるものがあったのでしょう。エンドロールが終わって、あたりが明るくなっても涙が止まらない娘を抱きかかえるように映画館をあとにしたのも、今となっては良い想い出。

■本物は時代を超えて

同じ本を読み返すと、最初に読んだときとは異なる印象を抱くことは珍しくありません。がっかりすることもあれば、以前よりも感慨を深くすることも。この本は後者でした。

時を経て、改めて読んでもなお心揺さぶられる物語。どうしてなのでしょう? この本が出版された頃と現代では世の中が激変しています。

スマホが普及して知らないことや、知りたくないこともなんでも検索できるようになり、インスタグラムやLINEを通じて知人と、あるいは、知らない人とのコミュニケーションが容易に取れるようになり、わたしたちは確かに利便性と手軽さを手に入れました。

でも、いくら生活が便利になっても、永遠に解決できないものがあります。だれもが思春期を持て余し、仲間外れに悩み、幸せを求め、死を恐れる。

わたしに肩を抱かれて泣きじゃくっていた娘がすっかり大人になり、少女の母に我が身を重ねていたはずの自分が、気づけば祖母の想いに共感している。変わることを拒絶できない暮らしをしていると、時が経っても変わらないものがあることに少し安心することも。

■変わったことと変わらないこと

気づけば8月もあと10日。やり残していた読書感想文の宿題に気を重くしていたことにさえ懐かしさを感じます。夏の終わり、若い頃に読んだ本をもう一度読んでみるのはいかがでしょうか?

若い頃に自分が感動した作品をいまの自分がどう感じるのか。確かめたいような、確かめたくないような……。

『西の魔女が死んだ』書籍情報

桜井 真砂美

早稲田大学卒業後、高校教師を経て翻訳家の道へ。主な訳書:『ファッション・アイコン・インタヴューズ』、『ヴィヴィアン・ウエストウッド自伝』、『ブルックリン・ストリート・スタイル:ファッションにルールなんていらない』、『メンズウ...

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