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電車で赤子が安心して泣けない国は発展しない【小野美由紀】

公共交通機関で赤ちゃんが泣いている。その泣き声にイライラする……そんな狭い心を持った人が多い国が、はたしてこの先発展していくだろうか。未来は明るいだろうか。小野美由紀さんの連載【オンナの抜け道】#3では小野さんがベトナム人のお母さんと赤ちゃんを見て考えたことを綴っています。

電車で赤子が安心して泣けない国は発展しない【小野美由紀】

■赤ちゃんが泣いてもイライラしないベトナム人

ベトナムに行った帰り、朝4時にホーチミンを発つ飛行機に乗ったときのこと。

安いチケットゆえか、周りを見渡しても乗客はほとんどベトナム人。スーツを着たビジネスマンもちらほらいるが、子供を連れた出稼ぎ家族が大半だ。

朝4時の眠気と疲弊でぬかるんだ機内。私の前後左右の席はオール赤子を抱えたお母さん。飛び立った瞬間から始まる阿鼻叫喚の地獄絵図。

360° 全方位から私を包み込む赤子の泣き声、そのすさまじさといったら爆音の選挙カー5台に囲まれたよう。

ひとりが泣き止めばあちらが泣き、あちらが泣けば隣もつられ泣きもらい泣き、ピアノの連弾のようにあちこちで上がる乳幼児たちの切実な叫びに、ただでさえ疲れた体はノックアウト寸前。

眠りに逃避することすらできず、なにこれ一体、これは赤子のオセロなの、だとしたら次に赤子になるのは私か、いっそなりたい、私も彼らと一緒に泣き喚きたい、ああもう眠らせてくれ、この状況でお母さんたちはさぞかし大変だろう……とふと横を見ると赤子の母親爆睡。

アナタよくこの中で寝られるねえ、と辺りを見回してみても、周囲のベトナム人たちもどこ吹く風、お父さんはイヤホンつけて映画見てるし、これから商談であろうビジネスマンの男性すらも涼しい顔で新聞など読んでいらっしゃる。

おそらくファーストクラスにまで泣き声は響き渡っているであろうにも関わらず、CAも誰も注意もしない。みんな、これが「当たり前だ」って言ってるみたい。

■周囲に気を遣いながら静かに泣く日本の赤ちゃん

私は苦笑し、そして納得してしまった。これだけ図太い国なら、そりゃ発展もするわ、と。同時に日本とベトナムの、30年後の未来がくっきりと見えるような気がした。

ベトナムという国の「これから俺たち盛り上がっていくぜ!」っていうエネルギー、強かさと図太さが、一個の赤子の生命と言う形を伴い、先進国へと向かう飛行機の中で自らそのものを爆発させているように思えた。

しかもその泣き声も、日本人の赤ちゃんとは比べものにならないくらいに大きくたくましいのだ。これに比べたら山手線の車内で聞く日本の赤子の泣き声なんか、ただのそよ風でしかないように思う。

自分が邪魔な存在であることをようく分かって、陰険な大人たちに「泣いてごめん」って気を遣いながら、ふにゃふにゃと弱々しい生命力をほんの少しだけ漏らしているみたい。

結局その後、5時間ものフライトの間じゅう耳をつんざく泣き声に耐え続けたのだけど、お母さんたちは周囲に対して一言も詫びることなく、「当然」って顔して飛行機を降りていった。一睡もできなかったけど、いっそ清々しかったよ。

■他者への許容心のない国が、はたしてこの先発展するのか?

思うに、人にせよ、国にせよ、他人に対する許容心や器の大きさは伸びしろである。他人を許せる人こそよく伸びる。見知らぬ人間に対して狭量になり、自分のことしか考えなくなった人間は、新しいものを取り入れられなくなり、その瞬間に終わる。

公共交通機関で思いっきり泣くことが許されない国に、「安心して、どこでだって泣いていいよ」と言われない場所に、どうして赤子が産まれてきたいと思うだろうか?

神経質で、他者に対する許容心もない国に、これから先、発展など見込めるだろうか?

私は子供を産む気は今のところさっぱりないが、それでも、日本は赤子が思い切り泣き叫べる国であってほしい。他人が立てる多少の騒音を許し、新しい生命を歓迎する度量の大きな国であってほしい。

お母さんをビクビクさせるような社会では、赤ちゃんだってビクビクしながら育つだろうし、そういう子たちが20年後、あの爆音で己が生命を主張していたベトナムの子供たちと、ビジネスの場で勝負するのだ。軍杯が上がるのは……うーん、推して測るべしって感じ。

ベトナムだけじゃない。東南アジアの国々で公共交通機関に乗ると、だいたいギャン泣きしている赤ちゃんに遭遇する。けど、周囲の誰もがその泣き声を気にしていない。街自体が赤子の泣き声より騒がしいというのもあるけれど、皆、他人に対してびっくりするくらい鈍感だ。

我々日本人にこれから先必要なのは、多分、我慢でも疲弊するほどの過剰なサービス精神でもなく、図太さと鈍感さである。

私は「美しい国」やら富国強兵やらにはなんら興味がないけれど、日本にこれからも「豊かな国」であってほしいと望むなら、せめて赤子が泣くことくらい、歓迎したらいいと思う。

いつのまにか、大声で泣くことを抑圧されてしまった私たち大人の代わりに、生命を爆発させて泣き叫ぶ、赤子の姿を許容したらいい。

(それに、赤ちゃんの泣き声にいちいち目くじら立てるような人間は、レストランの店員に横柄な態度をとるのと同じで異性からモテないぜ。これ、絶対ね)

■大事な命を守るお母さん方へ。外野の声を気にしすぎないで

それでもって都会に暮らすお母様方は、いくら外野からいろいろ言われたとしても「つべこべうるさい」とばかりに涼しい顔で受け流し、赤子が泣いても周囲を気にすることなく、電車に乗ってほしい。

小さな命を守ってるんだもの、どんなに無作法かつ無神経に見えたって、本人にとっては周りからは窺い知れない嵐or戦争の渦中なわけで、一生から見たらささやかすぎる他人への配慮・遠慮・恐縮なんかより、優先するべきは自分と子供の命。
ベトナム人のお母さんばりに、泣き叫ぶ赤子を抱いて爆睡、はさすがに難しいかもしれないけど、それぐらいの気概でいてほしい。

周りの大人たちも、この何もかもがしょぼくれてしみったれた今の時代においては、せめて爆音で泣きわめく赤子がいれば、よっ、将来の総理大臣候補、そういう塩梅でいっちょ頼むよと、将来子供を持つ可能性が1ミリでもある身としては、切に願うのである。

赤子が堂々と泣けるおおらかな国の方が、きっと大人も生きやすいような気がするよ。だってベトナムの大人は、子供が泣くのと同じくらいによく笑うんだもの。

小野 美由紀

作家。1985年東京生まれ。エッセイや紀行文をWeb・紙媒体両方で数多く執筆している。2014年、絵本『ひかりのりゅう』(絵本塾出版)15年、エッセイ『傷口から人生。~メンヘラが就活して失敗したら生きるのが面白くなった』(幻...

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