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大切な人への想い、あなたに代わってお届けします【積読を崩す夜#1】

連載【積読を崩す夜】1回目は『ツバキ文具店』(著:小川糸)をご紹介します。ラブレターや天国からの手紙まで。鎌倉で文字に関するヨロズ屋……代筆業を営む鳩子の元に日々舞い込む、風変わりな代筆依頼の数々は――。

大切な人への想い、あなたに代わってお届けします【積読を崩す夜#1】

積んであるあの本が、私を待っている……。少し早く帰れそうな夜、DRESS世代に、じっくりと読み進めてほしい本をご紹介する連載【積読を崩す夜】。1回目は『ツバキ文具店』(著:小川糸)を取り上げます。

ラブレターや天国からの手紙まで。鎌倉で文字に関するヨロズ屋……代筆業を営む鳩子の元には、いつも風変わりな代筆依頼が舞い込んでくるのです。

■鎌倉の春夏秋冬を背に、想いを綴る代筆屋というしごと

“雨宮家は、江戸時代から続くとされる、由緒正しき代筆屋なのだ。中略
以来、雨宮家は代筆を家業とし、代々、女性が継いできた。その十代目が先代で、その後を継いだ、いや気がついたら継ぐことになっていたのが、十一代目の私ということである。ちなみに先代というのは、血縁関係からいうと私の祖母に当たる。”
8~9ページより引用

時は夏。穏やかな鎌倉の朝、掃除をしてお湯を沸かし、熱いお茶で一服……。近所に住むバーバラ夫人とちょっとした会話を楽しんで、そうして鳩子の毎日は始まる。その生活は規則正しくて、時にいいかげん。そんないつもの朝が、丁寧に描かれている冒頭を読むと、いいなあと少し思ってしまう。

こんな暮らしが毎日続いたら、実のところ飽きてしまうかもしれないけれど、あくせくとした毎日を過ごしていると、やっぱり憧れずにはいられない。

それにしても代筆に関する仕事とは、なんとも雅なもの。表向きは文具店を営みながら、年賀状や暑中見舞いの類から不祝儀、恋文にちょっとしたメッセージまで。鳩子は幅広く代筆を請け負う毎日を過ごしている。

それもただの代筆ではない。頼み主のその人となりを投影した文字、内容までをコーディネートして、1枚の紙にしたためるというもの。まさに文字に関するヨロズ屋なのだ。

“秋は、誰かに手紙を出したくなる季節なのかもしれない。このところ、代筆依頼が続いている。依頼を受けるのは、置手紙や災害のお見舞い、就職失敗を励ます手紙や、お酒の席での失態を詫びる手紙など、面と向かっては言いにくいことを文字にする場合が大半を占める。そんな中、平凡な手紙を書いてほしいという依頼が舞い込んだ。「ふつうの手紙でも、書いていただけるんですか? 」控えめに、園田さんは言った。「ただ、僕が生きているということを、伝えたいだけなんです」”
66ページより引用

かつて結婚の約束をしていた幼馴染みへ、“ただ、生きている”というふつうの手紙を書いてほしいと依頼してきた男性・園田さん。本当に好きだった人に、今は互いに別の伴侶を見つけて、幸せに暮らしているからこそ、ただそれだけ伝えたいのだという。

それからしばらく、鳩子は数日間を園田さんのおもかげやたたずまいと共に過ごす。その人の分身と
なって手紙を書くから、手紙のイメージがぼんやりでもちゃんと浮かぶまで。

そして、透き通るような優しい心を伝えるために、ガラスペンを使ってインクはセピア色を選んで書くことに決めた。ベルギー製のクリームレイドペーパーに園田さんの想いを、ちょうどよくのせて運ぶ。すべての作業の後に、指先に蜂蜜を塗って封を閉じ、上からシールを貼った。こうして1つの代筆の仕事が完了し、鳩子の秋が過ぎていく。

これはなかなか、ある意味ではしんどい職業なのかもしれない。心をのせて、魂に成り代わって。ものづくりに等しい作業といえるであろう。

“カレンさんが席を立つ。立てば芍薬、座れば牡丹、歩く姿は百合の花。カレンさんは、まさにそんな言葉を体現する人だった。だいぶ陽がかげってきたし、、お客も来なさそうなので、いつもより気持ち早めに店を閉める。中略
けれど簡単な仕事のはずなのに、逆に思い通りの文字が生まれない。イメージ通りの字がスーッと書けることもあれば、百枚書いても二百枚書いてもどうもしっくりこない時もある。”
118~120ページより引用

カレン(花蓮)さんは華やかで美しい客室乗務員。でも救いようのないほどの汚文字だから、夫の母親に書くメッセージの代筆を鳩子に頼みにきたのだ。字が汚い人には汚い人なりの計り知れない苦労がある。それが絶世の美女だけに、ダメージが大きいというもの。

字はその人そのもので、武骨な人は武骨な字を、繊細な人は繊細な字を書くという。一見几帳面でも大胆な書き方をしていたり、きれいだけれど冷たい字を書く人もいたり。でもカレンさんに限っていえば、そうでもないという真実が判明する。字が汚いから心が穢れていると考えるのはひどく暴力的なのかもしれない、鳩子は気づくのだ。

カレンさんは美人だけれどツンツンしていない。飾らない心を持つカレンさんを表すために、ベルギー製の詩葉っぱが型押しされたカードに、ロメオのナンバー3ボールペンを使う。

書き上がったカードを見て、こういう字が書きたかった、と喜ぶカレンさん。

文字は人を表す……というわけでもない。文字が持つ力の、新たな一面について考えさせられる。そして、ツバキ文具店は、いつしか冬を迎えていて――。

“「ごめんなさい」手のひらに包み、優しく撫でながら謝りの言葉を口にする。さすっていると、少しずつ万年筆が温かくなってくる。寒いのかもしれないと、温かい息を吹きかけた。どうか、長い眠りから覚めますように。そう願いながら、キャップを開ける。中略
手足を縛られがんじがらめになっていた言葉たちが、解き放たれようとしている。”
260ページより引用

先代である鳩子の祖母が、鳩子の母にあてた手紙が見つかった。そこには重要な秘密が独白されていて……。だからこそ、もうその存在がここにいないからこそ、鳩子は誰でもない、祖母に長い手紙を書くことにした。

高校生になったときに、先代がプレゼントしてくれたウォーターマンの万年筆を使うことにする。この万年筆は、鳩子が素直に書けるようになるその時を待っていたみたいだ。たくさんの書き連ねた文字とともに万年筆を置いて。そして、すーっと潮がひくみたいに全身から力が抜けたかと思うと、鳩子は眠りについた。

目が覚めると夢なのか、現実なのか……。窓の向こうはほんのりと明るくなり、鎌倉はもう春を迎えていた。

■文字がつなぐ縁は、細くて強い

鎌倉の四季とともに、鳩子とそこに暮らす人たちの会話と営み。そして代筆を引き受けることとなった人たちとの不思議なのに、自然なやりとり。

「ツバキ文具店」は、限られた場所と時間、そして文字によってつながれた、細くて強い人の縁を感じさせてくれる1冊なのだ。

なんだか少し、手紙が書きたくなってきて。そして、そっと本を閉じる夜……。

小川糸 著『ツバキ文具店』書籍情報

著者 小川糸さんプロフィール

作家。デビュー作『食堂かたつむり』が、大ベストセラーとなる。同書は、2011年にイタリアのバンカレッラ賞、2013年にフランスのウジェニー・ブラジエ小説賞を受賞。

ナカセコ エミコ

(株)FILAGE(フィラージュ)代表。書評家/絵本作家/ブックコーディネーター。女性のキャリア・ライフスタイルを中心とした書評と絵本の執筆、選書を行っています。「働く女性のための選書サービス」“季節の本屋さん”を運営中。 ...

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