男捨離のやり方とは? 心身に透明感を取り戻す男の捨て方
男捨離とは「(自分にとって)よろしくない関係の男性を断捨離する」こと。男捨離した結果、どんなことが待っていたのか、DRESS世代の男捨離経験者に寄稿してもらう本シリーズでは、リアルな男捨離エピソードと気づきがあふれています。不要な関係は男捨離を。男捨離のやり方もあわせてご紹介。
月3回セックスできれば、それでよかった。
でも、正式なパートナーはできる気配がない。だから、月1回ずつ会う「レギュラー」を3人用意する、という方法をとるしかなかった。中には隔月で会う「準レギュラー」や、ワンシーズンに1回会う「ゲスト」もいた。
直近で会っていた男性たちに、これまで関わってくれた感謝の意と、性的な関係を絶ちたい旨を、そう考えるに到った過程や「表向き」の理由と併せて丁寧に伝えた。
少し残念がる素振りを示す者もいたが、最終的には全員すんなり去っていった。もともと、帰るべき巣のある人たちであり、恋愛感情は1ミリもなく、都合のいい者同士として関わっていただけだから、重々しさの欠片もない幕引きだった。別れ、という言葉すら、不釣り合いかもしれない。
断捨離ならぬ「男捨離」を完了した後、彼らとのセックスを記録したExcelを消去した。密会の日付や会った回数、相手の氏名、年齢など、いくつかの情報を記していた狂気のExcel。某O氏の「愛人リスト」ほど細かい情報はないが、死後に見つかるとよろしくない。
わたしの男捨離は1日、というか30分もかからずに終わった。
■夫から「女として見えない」と拒絶され……
月3回はセックスしたい、と願うようになったのは、元夫からセックスを拒否されたときからだ。
相手がバカ正直に「女性として見えなくなった」「母親っぽく見えるからムリ」と言うものだから、けっこう深く傷つく。つらいセックスレスの時期を経て、話し合いの場を設けたら、そんな言葉があっさりと返ってきて、もう夫とはできないんだな、とひとりで涙した。
それからは、性欲を持て余していた反動で、セックスがすっぽり抜け落ちていた空白の時期を取り戻すかのように、ビッチ化し続ける自分がいた。
アプリやバーで出会った男とワンナイトを繰り返すのに疲弊してからは、レギュラーを確保すればいいのだと気づき、知人男性の中から見繕った「面倒なことにならなそうな人物」と関係を持つようになる。
彼らのことを密かに「特殊な友達」と呼んでいたのは、単なるセフレだと捉えたくない気持ちがあったからだ。食事もセックスもゆっくり楽しむ。そうやって、体の接続だけではなく、心もある程度通わせているから、限りなく友達に近いセフレ(つまりセフレとは違う)と思い込みたかった。自尊心を保ちたかった。
関係解消を告げると、あっさりと離れていったことから、結局は一般的なセフレだったわけだけれど。虚しさが込み上げて、溶けてなくなりたいと一瞬思った。
■男捨離して、ひとりの相手を大切にしようと決めた日
体は丈夫なほうだが、数年に1回大きな怪我をする。通っている格闘技教室での稽古中、けっこう重要なパーツを骨折してしまい、不自由に耐えながら生活する日々が続いた。
数歩歩くのすらつらい。生きることもしんどい。ひとりでいるときに誰か助けてくれたらなあと思って、LINEのやりとりを眺めても、甘えられる男は皆無だった。彼らには頼れない。彼らは都合のいい関係の相手でしかなく、向こうもこちらの介助をしたいなんて思ってもいないから。
なんて空虚なつながり。結局、心なんて通っていない。もう、おしまいにしようと、そのときに決めた。これからは、困ったときに甘えられる、普通のパートナーをひとり見つけて、大切にしたい。昔みたいに――そう決めたのだった。
敬愛する椎名林檎様の「幸福論」が脳内に流れた。その瞬間、また泣いた。
■男捨離して、再び人を好きになれるように
そんなこんなで男捨離を済ませてから、良いことがいくつか起きた。思いがけない相手と「まず東京の人と会うことはないだろう」というような意外性のある場所で再会したり、期待感ゼロだった相手との食事が案外面白かったり、とツイてきたような気がしている。
都合のいい関係というのは、ウエストゴムのパンツみたいに楽ちんで、慣れると履き続けたくなる代物だけれど、油断するうちに履く者をぶくぶくと醜くすることもある。
感情を揺さぶられないセックス。愛は1ミリもなく、欲望を穴で解消するだけのチープなセックスを続けるうちに、心はどこか麻痺していって、心身に澱のようなもの、倦怠感が蓄積していくのだ。
その間はひとりの人間を愛したり、心が揺れたりすることもなかった。定期的なセックスをしていたおかげで、体そのものが太ることはなかったけれど、明らかに負のエネルギーを溜め込んでいたと思う。
男捨離で都合のいい関係をすべて断ち切ることで、再び心が自然と動くようになった。誰かを好きになれるようになった。心身の透明度が上がった、といってもいいかもしれない。これがわたしの男捨離記録である。
Text/ドリアン今日子