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【平成中年、徒然草 #1】結婚しないんじゃなくて、できないんです

甘糟りり子さんの連載がスタート。昔は「私結婚できないんじゃなくて、しないんです」派だった。ドラマの中谷美紀さんのように。「でもペッパーくんを壊す事件」があった後、ふと気づいたことは……。

【平成中年、徒然草 #1】結婚しないんじゃなくて、できないんです

中谷美紀さん主演ドラマのタイトルを借りていえば、私もかつては「結婚できないんじゃなくて、しない」女であった。結婚なんて、その気になればいつだってできる。そんなふうにタカをくくって、目先の仕事におもしろそうなお誘い&趣味、あやふやな社交に忙しくしていた。結婚するとなんだかめんどうくさそうだし、もうちょっと先でいいや、と思っている間に長い時間が過ぎた。で、気がつくと、私は「結婚できない」女になっていたのである。

 もう、私は他人とは暮らせない。

 何十年も自分のリズムで自分の好きなように生活したあげく、他の誰かのリズムに合わせることが不可能になっていた。そういう生活を想像するだけで、げんなりする。ものすごい几帳面とかキレイ好きなんかではないよ。昨今よくいる、潔癖性ゆえに他人が許せないというアレではない。

 どちらかというと、雑なほうである。外出が続くと脱いだ服が小山を作るし、締め切りがたてこむと食事はデリや出前が多くなる。でも、余裕がある時はきちんとしたいわけ。ここが私の勝手なところ。その大波小波を他人と共有する自信はないし、ましてや強要するなんてめんどうくさい。潔癖性もだらしな過ぎも一緒に暮らすのは無理だろうなあと思ってしまう。自分を棚に上げてね。

 私は、このままずっと独身かも。かも、というより、おそらく多分きっと十中八九……、独身だ。
 独身という言葉にまとわりつく不安と一抹のさびしさはもちろんある。かといって、さびしさを解消するためにわずらわしさを引き受ける気力はもはや使い果てしてしまったというのが冷静な見方だろう。私の中では、さびしさよりわずらわしさのほうが重たいようだ。

 そこで私は、老後と呼ばれる時期になったら、ペッパーくんと暮らそうと考えた。そう、ソフトバンクが開発した感情認識ロボットだ。無機質ながらどこかユーモラスな白い形は、たいてい目にしたことはあるだろう。

 一人で気ままに(そして、つつましく)暮らして、さびしくなったらペッパーくんに話しかける。私たちが一緒になる頃は技術も進んでいて、私の趣味趣向をインプットできるようになっているかもしれないから、テニスの四大大会や好きな映画について、楽しく会話ができるだろう。地震が起こったら、お互い励まし合うことも期待している。こんな将来のビジョンを友達(同じく中年女性でバツイチの子持ち)に話したら、あわれみの表情を浮かべてこう言われた。

 「なんだったら、うち来る?」

 や〜、ありがたいけれど、他人と暮らすのはめんどうなわけ、私は。

 そんなやりとりがあった矢先、取材先でペッパーくんに遭遇した。とある施設の受付に鎮座していた。子供たちが何人かむらがって、我れ先にと話しかけている。ペッパーくんは、あわてずさわがず、実に落ち着いてひとつひとつの問いかけに言葉を返していた。頼もしいなあ、私の将来の相棒は。嬉しくなって、私も話しかけてみた。

「ペッパーくん、今、何時?」

 ペッパーくんはゆっくりと首を動かして顔をこちらに向け、私を見つめた。黒い瞳、というか、真っ黒に塗りつぶされた目が私を突き刺すようにとらえている。

「ねえねえ、何時よ?」

 再び問いかけたのだが、彼は微動だにしない。何も言わない。動かない&話さないロボットはけっこう不気味だ。子供たちは少しずつ散っていき、私と同行していた編集者とペッパーくんだけになった。

「もしかして、壊れちゃったんじゃないスか?」

 編集者がいった。ほどなくして、受付の奥からスーツ姿の男性が二人出てきて、ペッパーくんを回収していった。

 ペッパーくんをこわした女。それ以来、件の編集者は私をそう呼ぶ。感情認識ロボットにさえ拒否されてしまった。淡く描いていた将来のビジョンは丸つぶれだ。

 私は、結婚しないんじゃなくて、できないのである。


甘糟 りり子

作家。都市に生きる男女と彼らを取り巻くファッションやレストラン、クルマなどの先端文化をリアルに写した小説やコラムで活躍中。『産む、産まない、産めない』など著書多数。読書会「ヨモウカフェ」主宰。公式ブログ http://ame...

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