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ひとりの時間は、変身の時間

ひとりの時間は、変身の時間

春は物欲。そんな季語はないけれど、秋冬ものが売り場の片隅に追いやられて肩身が狭そうに赤い値札をつけ、淡い色合いのはかなげな薄手の服が並び始めるこの季節は、まるでお店の中にだけ春が来ているようで、いちばんわくわくする。

私は、ひとりで家にいる時間が好きで、誰かと約束がなければ外に出たくないタイプ。けれど、誰かと一緒ではできないこと、ひとりでしかできないこともある。それは、買い物だ。

誰かと一緒に「それ似合う!」「かわいい~」なんて言い合いながら服を見るのも楽しいし、新たな発見があったりもするけれど、友達や恋人、家族との買い物では、「それはあなたっぽくない」とか、「イメージと違う」とか言われたりすることも多い。これまで自分が着ていたのとタイプが違うものを選ぼうとすると微妙な反応をされたり、評判の悪そうな服を手に取るのをためらったりしてしまう。知っている人が見ている前で、これまでとまったく違う大胆な選択はしづらい。異性との買い物なんて最悪だ。「どっちがいい?」なんて訊いても「わからない」と言われるのが関の山だし、試着で見せてしまった服をデートに着て行く新鮮味のなさときたら、ない。

パッとしない自分を脱ぎ捨てたいとき、最近老け込んだ気がするとき、「自分なんてどうせ」という気持ちになったとき、私はひとりで服を見に行く。なんとなく服を見ていると、「これじゃない」というものだけははっきりわかるので、「これじゃない」の積み重ねから、今の自分が何を求めていて、どういう自分になりたいのかがだんだん見えてくる。

「思いきり女っぽい服が欲しい」と思うときもあるし、「誰が見ても最先端っぽいモードな服を着てみたい」「似合わないかもしれないけど、大きな花柄の服を着てみたい」と思うときもある。ひとりで気兼ねなく、タイプの全然違う服をいくつも試着室に持ち込んで着てみるとき、期待と不安が入り混じった気持ちになる。似合うだろうか? 新しい自分になれるだろうか? サイズは合うだろうか? 色は? 丈は? 柄は? 「これまでの自分」がどこかに消えていくような、「新しい自分」の輪郭がつかめるのかどうか定かではないその瞬間は、とても無防備で、ひとりでいたい。

たかが新しい服を一着手に入れただけで、自信が生まれるときもある。服を着替えても、中身は変わらないなんて言われるけれど、明らかに自分の顔色が良く見えたり、スタイルが良く見えたりする服を着て、気分が変わらないことなんてあるだろうか。なにが似合うのかは周りの人にもわかるかもしれないけど、自分がどうなりたいか、どう見られたいかを知っているのは自分しかいない。

たかが買い物、だけれど、鏡の中の自分を見つめる瞬間、私は自分の可能性を試しているような気持ちになる。これからどんな自分になっていくのか、なっていけるのか、その可能性を見ているような気持ちになる。それはいつでも、少し怖くて、はっとするほど新鮮な、緊張感のあるひとりの時間なのだ。

雨宮 まみ

ライター。女性性とうまく向き合えない生きづらさを書いた自伝的エッセイ<a href="https://www.amazon.co.jp/%E5%A5%B3%E5%AD%90%E3%82%92%E3%81%93%E3%81%9...

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