DRESS May 2013 P.252掲載
甘糟りり子の「生涯嫁入り前」 第1回「どうして結婚しないんですかぁ?」
先日、男女あわせて数人で飲みに行った。二軒目では、ウィスキーやら ワインやらシャンパーニュやらで、みんな相当酔っていた。ちょうど丑三つ時の頃、少々ろれつが回らない口調でMちゃんがいった。
「アマカスさんは、どうして結婚しないんですかああああ?」
キターっ!
こっちが知りたいんですけれども、そのわけを。
さすがに四十代も年季が入ってくると、ここまでストレートに聞かれることは、めったにない。ということは、みんながそこをうまく避けなが ら、私に接しているのかもしれないが。
Mちゃんはいわゆるアラフォー。現在モテキ到来中とのことで、できれば近いうちに結婚を決めたいそうだ。しかし、これといって、何も助言できない自分が情けない。
「そうねえ。しいていえば、ご縁がなかった、からかなあ」
仕方なく、そう答えた。
ボウモアという、潮の匂いがするアイラ島のウィスキーをストレートで飲み干しながら。向かいに座っている友達がいった。
「ご縁がないって、あんた、一応、この業界にいていろんな人と知り合う だろうし、そんな歳になるまで、ご縁のひとつやふたつ、その気になりゃあ、すぐに作れただろうが。」
そういわれましても……。
作れるもんなら、とっくに作っているって。お言葉通り。
それからも、みんなの激しい追及は続く。四十過ぎて未婚だと、何かしらドラマチックな理由がないと周囲は納得してくれないらしい。男の人にすんごいトラウマがあるとか、特殊な性癖があるとか、莫大な借金があるとか……、そういうのがないとダメ?
いつだったか、ユリ関係の疑惑をかけられたこともあったなあ。
で、夜も明ける頃、ふと、ひとつの疑問が私の頭に浮かんできた。
果たして、私は真剣に、結婚などというものをしたかったのだろうか。
おっと、つい過去形にしてしまった。
いけない、いけない。あきらめるには、まだ早い。
もとい、私は、結婚したいのだろうか、ということだ。好きな男の人のために食事を作って一緒に食べたり、部屋でだらだら映画を観たり、お家デートの日々は確かに楽しそう。
けれど、そんな日々より、相手の生活に対して責任を持つのは、とても甘く美しいことのように独り身の私には思える。私は×のひとつもついていなければ、同棲の経験すらないから、そう見えるのか。現実が毎日押し寄せてきたら、甘いだの美しいだのいっていられないんでしょうけ れど。
まあね、機会があればしてみたいです、結婚。とかすかな望みを抱きつつも、同時に、一人で生きていく女性の理想像を自分の中で描いてみることもある。生活の中心に仕事がありながら自由であり、自由という孤独を自然に受け入れ、シンプルながらも雑ではない暮らしをして、のびのびとくつろいでいる、そういう人に私はなりたい。
つまりは、どちらでもいいと思う。結婚してもしなくても。
他人と比べたりすることなく、自分の生活が充実できれば両方あり。逆にいえば、それができない人はたとえ、”いい条件”の結婚をしても、 あんまり楽しくなさそう。結婚も離婚も同棲も経験していない私が言っても、説得力ゼロだが。
ところで、この連載の打ち合わせ中に、担当編集者の桐子さんがいっ た。
「りり子さんは、何かっていうと、私、嫁入り前だからって口にしますよね」
驚いた。
自分ではまったく、気が付いていなかった。彼女いわく、けっこう頻繁にいうらしい。
意外と、結婚の経験がないことが、コンプレックスだったのかもしれない。だから、ごまかすために、そんなことを口走ってばかりいたのだ。
しかし、四十過ぎて「嫁入り前」とか、もう一生言ってろ! って感じである。
こうなったら、生涯嫁入り前で通すのもいいような気がする。生きていくことそのものがイコール花嫁修業な心意気でね。というわけで、『生涯嫁入り前』というタイトルで連載を始めることになった。
万が一、嫁にいったら、連載は終了だそう。
う~ん、仕事を取るか結婚を取るか、悩むところ……。なんて、見栄を張っちゃった。
結婚の予定はまったくないので、末永くよろしくお願いいたします。
text/Ririko Amakasu
甘糟りり子
作家。1964年横浜生まれ。玉川大学文学部卒。都市に生きる男女と彼らを取り巻くファッションやレストラン、クルマなどの先端文化をリアルに写した小説やコラムで活躍中。『中年前夜』『マラソン・ウーマン』『オーダーメイド』など著書多数。