大人の女が美しい/草思社/長沢節
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読書の秋……とはいえ、疲れて帰ってきた夜やせっかくのお休みの日に、小難しい本や感情が動かされすぎる本を読むのは気が引けるという方もいるのでは。今回は一藤さんが、リラックスした気持ちで読める優しい読後感の本を3冊紹介してくださいました。
読書の秋到来! とはいえ今年の秋に読む本といえば『鬼滅の刃』一択である。乗っとけこの大流行! 経済柱に君臨した竈門炭治郎の姿を見ない日はない怒涛のコラボぶりで、コラボ神キティちゃんを今年に限っては上回り、世は空前絶後の鬼退治ブーム。
そんな鬼滅の刃はすでに23巻で完結しているので(23巻は12月4日発売)、紙媒体で大人買いしたとしても1万2000円程度で買えてしまうし、電子書籍で買うなら諭吉ひとりでおつりがくるレベルである。クリスマスコフレより買いやすいじゃないの……!
しかし、もうすでに鬼滅は読み切ってしまっている方もいるだろうし、秋の夜長は血や臓物が出ないタイプの本を読んでリラックスしたい……といった方もいるかもしれませんよね!
ということで今回は秋の夜長に最適な、優しい読後感の本を3冊紹介しようと思う。
イラストレーターで水彩画家でデザイナーでもある長沢節が、美しい女について書いたエッセイ本。1981年に初版が発行されたものだが、書いていることはなんとも先進的で令和の今の時代に読んでもまったく違和感がない。
タイトルには「女」とあるが、この本の中で書かれている美しくあるためのステップは男女ともに与えられているものである。ですから、「もっともっと魅力的になって意中の彼を振り向かせたいの!」といった願いを持つ方が読むには即効性のあるハウツー本ではないので、多少肩透かしを食うかもしれない。
ただ、自分自身で立つことができる凛とした人(ここに男女差はない)になりたいな……、と考える方には最高の体験を与えてくれる1冊ですので、ぜひお近くの本屋の草思社文庫の棚まで赴いてほしい。
たしかこの本を買ったのは大学生のころで、当時は著者についてとくに調べもせずなんなら男性か女性かすら曖昧なまま読んでいたのだけれど(文中の「オレは……」という主語でおそらく男性なんだろうなとあたりをつけていた)、今回紹介するにあたりウィキペディア大先生にこの先生はどういう方なのかをお伺いしてみた。
するとこちらの長沢節先生は1964年に銀座でモノ・セックス・モード・ショー(「女もの」や「男もの」といったくくりを一切やめ、自分の体に合っていれば誰が何を着てもいい無性、モノセックスを主軸にしたショー)をして、警察がすっ飛んできたようだ。
最近よく男女の差をなくす動きが俎上にのるが(NARSの日本限定コレクションのヴィジュアルに横浜流星を起用したりだとか)、今から56年前にこのような最先端のショーをやっていたとは驚きである。あとは各々調べていただくとしてざっくりまとめると、Aesopのブランドプロダクトやミニマルな生活が好きな方にはわりと刺さる内容だと思います。あら私(オレ)やん、となった方はぜひ。
作家ポール・ギャリコのもとに編集者の友人が、送り主不明の原稿の束を届けに来た。原稿はすべて暗号で書かれていたが、ギャリコはこれの解読に成功! そこに書かれていたのは、猫の手で書かれた猫の猫による猫のための人類総下僕化指南書であった……! というS(少し)F(不思議)猫エッセイである。
なんといっても作中随所に差し込まれている猫ツィツァの写真の可愛らしいことよ! ひと目見た瞬間から私はめろめろで即下僕化完了です。まったく世話のない人間ね……。
内容は、母を亡くした子猫であった自分がどのようにして人間を篭絡し飼い猫になったか、また穏やかな生活を手に入れるために家庭内で人間をどのように躾けているか……といったもの。『猫語の教科書』だからといって「お宅の猫ちゃんがごろにゃん云々と鳴いたらそれはお腹が空いたということです」といった人間向けの文庫版ミャウリンガルのような内容ではない。徹底的に猫向け。
わざと人間の下着などを散らかすいたずらをして能動的に笑わせるのはいいけれど、ドジをして笑われるようではいけない……なんてプロ意識のしっかりした噺家が書いてるのか? と疑うようなことまで書いてある。これを読むと腹を出して寝ている猫を見ても「気楽だなあ」なんて思えなくなりますよ。あれは人間を躾けるためのあえての寝相なんですね、下僕にはわかりますとも! ええ!
この本は、私のように猫をお迎えはしていないけれど猫を見るとへろへろのめろめろになってしまう下僕気質の方にはもちろん、すでに猫をお迎えしているプロ下僕の方が読んでも「え~~! 〇〇ちゃんはそんなこと思ってたのね~! やだ可愛い!」と可愛いと下僕精神がとどまることを知らない状態になるのでぜひ読んでいただきたい。
では、猫にあまり興味がない方は読まなくてもいいのか、と言われればそうでもない。たしかにこの本は猫の猫による猫のための本だが、書かれていることは「人あしらいの方法」である。特に、恋愛関係で悩んでいる方にはおすすめだ。本屋によく置いてある「愛され女子云々」のような恋愛指南書を読むくらいなら、誇り高く気高いお猫様の振る舞いから対人間の駆け引きの方法を学んだ方が、意中の相手を魅了できるに決まってますよきっと(下僕の発想)。
読書の秋でもあるが食欲の秋でもある! ってことでどちらの秋も満たせる1冊がこちら。2015年から今までWebや同人誌などで発表されていた漫画に、40ページの描き下ろしを加えた大ボリュームの総カラー食べ物エッセイ漫画です。
スケラッコさんは京都在住の漫画家ですので、京都のおいしいご飯やさんが多く載っているのも魅力のひとつ。京都って関西圏に住んでいなくてもなんやかんや行く機会が多いので、ご飯やさんのリサーチができるのがありがたい。なんというか、ネットで「京都 おすすめ ランチ」で調べるといつも同じところが出てきてしまって飽きちゃうじゃないですか。そんなときその土地に住んでる方の推し店舗が見られる本ってのは貴重だな~と思ったわけです。
実は私、個人的に目を潤ませ頬を赤らめながらご飯を食べる系列のグルメ漫画がちょっと苦手なんですが、こちらの本はまったく大丈夫でした! なんていってもメインで出てくるスケラッコさんがしょうゆさしで描かれているので、目を潤ませようにもその目は黒点ひとつで描かれたものですし、頬を赤らめようにもしょうゆさしなので頭全体がすでに赤いのです。
しょうゆさしのスケラッコさん。
そんなしょうゆさしがちょこまか動いて、餃子やらうどんやらをこしらえて食べているのがなんとも可愛らしい。そして、なんといってもすべての料理がやたらと美味しそうに描かれているのです……。本物と見紛うようなリアルさで描かれているわけではなく、むしろ色鉛筆のようなほっこりした柔らかいタッチなのに、写真で料理を見せられるよりお腹が減る罠。多分これスケラッコさんの「この料理美味しかったなあ……、また作りたいなあ!」って念が入っているせいです。きっとそう。
私はWebで拝見していたときからこの念にあてられっぱなしで、こちらで見た商品を軽率に買ってしまいます。たとえば、DRESSの記事でも紹介した大拉皮だったり、最近でいえば乾燥あげはスケラッコさんの念に操られてほいほい買っています。なんて恐ろしい本……。
夜寝る前にぴったりの優しい気持ちになれる本ですが、確実にお腹が空く諸刃の剣のような1冊です。軽率なポチり防止として、手元にスマホがない状態で読むのがおすすめですよ!
※ こちらは2020年11月3日に公開した記事内のリンク切れなどを修正した上で再掲載したものです。