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「目立つな」「個性的であれ」の狭間で苦しんだあなたへ

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目立ちすぎず、でも少しの個性を持って埋もれすぎず。そんな処世術に、いつの間にか自分自身が苦しめられていたとしたら? そこから抜け出すために必要なのは「自分だけの定規」を持つこと。“コンプレックス解消家”としても活動する、ライター・講演家 朝倉真弓さんのコラム連載が始まります。

「目立つな」「個性的であれ」の狭間で苦しんだあなたへ

昨年の夏、都心の観光客が多いエリアで行き交う人を見ていて気付いたことがある。

外国人観光客って、レギンスだけで歩いている割合が多すぎない?

日本人の多くは、レギンスをワンピースなど、長めのトップスの下に履く。でも、明らかに外国から観光にやってきた人たちのなかには、レギンスをそのまま履いている人がいる。断じてスキニーパンツではない。レギンスだ。

それも、うらやましいほどにプリっとしたお尻をしている女性だけではなく、折れそうに細い女性や、お尻の肉が垂れたシニア世代のレギンス姿も見かけた。正直に言うと、素敵と言い難い人もいた。

それを待ち合わせ相手の帰国子女(30代)に言ったところ、衝撃の答えが返ってきた。

「レギンスだけってラクだよね。ワンマイルウエアって感じ? 私、嫌いじゃないけど」

……そうか。レギンスだけじゃヘンという先入観は、私が持っているファッションの「定規」によるものだったのか。

■あなたの「定規」には、程よく生きるための処世術が刻まれている

レギンス姿で外出するかどうかは単なる好みであり、どうするのかは個人が決めればいい。言ってしまえば、人生においてはどうでもいい部類のトピックスだ。

そんな判断の際にも、生きていくうちにいつのまにか自分のなかに形作られていった「定規」が活躍する。「定規」とは、その人それぞれの価値観とも言い換えられる。

この「定規」、少し手ごわい。なぜなら、長く生きていくなかで知らず知らずのうちに持ち合わせてきた処世術が刻まれているからだ。

たとえば、小さなころに耳にした「○○ちゃんはかわいい」「○○ちゃんはいい子」という大人の声。こうした大人のジャッジに従って生きていったほうがラクだと学んだ少女は、いつしか周囲よりも目立ちすぎず、埋もれすぎずといった立ち位置をキープすることに敏感になっていく。

大人に対してだけではない。友人同士の関係においても、目立ちすぎず、かといって“最下層”ではない、いい感じの立ち位置キープが大切な処世術となる。

思春期のころを思い出してほしい。自分の彼がほかの子の彼と比べてどう見えるのかが気になったことって、ないだろうか?
「嫌いじゃないけど、○○ちゃんの彼よりダサい」を理由に別れを切り出したことがある人って、実は意外と多いのでは?
逆に、同じような理由で別れを告げられ、ショックを受けた人もいるかもしれない。……はい、それ、私です。

進学や就職も、友人との並びを気にしつつ、少しだけレベルの高いところに行こうと努力してきた。やがていい感じの夫を捕まえたら、次に待っていたのは子どもを授かる、授からないの競争だ。無事に授かれば、再びママ友とのあいだで、目立ちすぎず、埋もれすぎずの立ち位置をキープする必要が出てくる。

そんな「他人の目」や「世の常識」にサラリと自分を沿わせられる女性をクールな存在とみなし、憧れてきた人も多いだろう。某ファッション誌が提唱していたハンサムマザーなどは、その頂点かもしれない。

でも、こうして作り上げてきた人生の「定規」、知らず知らずのうちに自分を息苦しくさせていないだろうか?

■個性にも、いいあんばいが求められていた

一方で、「個性的であれ!」という言葉に翻弄されてきた人もいるかもしれない。私の場合、「いい子であれ!」と言っていた大人が手のひらを返したように「個性」と言い出したことに疑問を持ったのは、中学生のころだったように記憶している。

けれど、ほかの子とは明らかに違う発想力や行動力を持った友人は、これまでと同じように抑えつけられ、クラスという箱のなかに閉じ込められていた。

今でも忘れられないのが、雑誌のモデルのように整った顔立ちだった男の子だ。両親か祖父母の誰かが外国の人だったのだと思う。見た目が目立っていたうえに、彼はいつも哲学やら心理学やらの小難しい本を読んでいて、先生の言葉に食って掛かっては矛盾をついていた。今どきの言葉で言うところの「論破」だ。そんな彼が、先生に好かれるはずがない。いつしか先生は、彼の存在や発言を無視するようになった。

いつの間にか、箱からドロップアウトしていった友人もいる。イジメにあってクラスから孤立していた私にも変わらず声をかけてくれていた隣のクラスの男の子は、いつしかやんちゃな人たちとつるむようになり、姿を見かけなくなった。尾崎豊が流行った時代の話だ。

私はといえば、彼らのように突き抜けることもできず、箱の中のカーストを気にしてばかりいた。

■他人の目や常識にとらわれない、自分だけの「定規」を作ろう

このように、他人の目や他人が作った常識を規範に、そこからつかず離れず、ほんのひとさじの個性を探しながら生きてきた人は多いと思う。それでもそんなに不満はないし、十分に幸せだという人が大半だろう。

でも、もし「自分オリジナルの定規」を持つことができたら?
他人と比べることなく、自分の見た目や考え方にコンプレックスを持つ必要などなくなるのではないか。
他人とのお付き合いや、良いとされているライフスタイル、美容のノウハウなどとも程よい距離感を保ちながら、振り回されることなく生きていけるのではないか。

このあたりで、古い定規でモノを判断するクセを捨ててみよう。他人が信用していること……「他信」に沿うのではなく、自分が自分に与える信頼……「自信」を育てていこう。

あなたは、本当は、どう生きていきたいのか?
最初は、どうでもいいような自己主張からのスタートでも構わない。

たとえば、今日のお昼は何を食べたい?
リッチな料理をひとりで食べてたら恥ずかしいとか、安いファストフードに入っていくところを見られたらどうしよう、じゃなくて。あなたは今日、何を食べたい?

いつもあの人たちと一緒に行動しているけれど、それは本当にあなたの望み?
付き合いが悪くなったら、情報が回ってこなくなるかもしれない。でも、その情報って、絶対に必要な情報なのだろうか?

そして、レギンス1枚で外出すること、いいと思う? ヘンだと思う?
ちなみに私は、ジム帰りと思われる日本人女性のレギンス姿を見て、考えが変わった。
鍛えられた身体のレギンス姿は、ほれぼれするほど美しい。堂々と歩く彼女の「自信」がまぶしかった。

そろそろ古い定規は捨てて、あなただけの定規を作ってみよう。
知らない誰かが作った常識や普通を疑ってみよう。
疑い、考えることから、あなたの新しい世界は広がっていく。


Photo/ぽんず(@yuriponzuu)、Model/kicchan(@_kicchan25

朝倉真弓さんの連載「人生の『定規』を書き換えよう」は、毎週水曜日の更新です。次回もお楽しみに!

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朝倉 真弓

ライター、講演家。「人生もうひと花咲かせる」をテーマに活動中。自著は『「グレイヘア」美マダムへの道』ほか8冊。ユニリーバ社DoveのCMに出演。

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