リョウ自身が傷を抱えている人物だというところでしょうか。女性客1人ひとりが誰にも触れられたくない柔らかな心情を自分の中に持っていますが、彼は無意識的に彼女たちと同じ目線に降りていって、心をほぐすことができる。女性にとってはお互いの繊細な部分を差し出し合うことができる存在となったから、彼は必要とされたのかなと思います。
「私がおしっこする瞬間を見てほしい」 映画『娼年』が描く性的嗜好の多様性 2/2
『娼年』の主人公、森中領(以下、リョウ)は大学生。松坂桃李演じるリョウは、感情の振れ幅が少ない日々を過ごしている。大学には週1回しか顔を出さず、バーテンダーのアルバイトを淡々とこなす生活。
優秀な大学の学生で、見た目も整っているため「高スペック男子」として女性にモテて、セックスの機会には事欠かないけれど、自分の欲を満たすだけのセックスしかしたことがない。「女なんてつまんないよ」「セックスなんて、手順が決まった面倒な運動」と、淡々と口にする。
一夜を共にしても、相手の名前すら覚えていない。まるでオナニーのようなセックス。女性を性欲を発散する「道具」として使っているように見える。どこか寂しく、傷ついているかのようで、光が見えない、空洞のような瞳をした若い男――それが私が抱いたリョウの第一印象だ。
しかし、転機は思いがけないときにやってくる。リョウの幼なじみでホストをしている田島進也(小柳友)が、売上に貢献してくれる「太客」になりそうなお金持ちの女性を、リョウが働くバーに連れてきたのだ。
リョウの運命を変える御堂静香(真飛聖)との出会い。静香は会員制ボーイズクラブ、言い換えると出張ホストクラブのオーナーで、リョウがお酒を作るのを見て、スカウトしようと決意する。バーの閉店時間、外で待っていた静香は、リョウをクルマに乗せる。
■女はつまらなくなんてないし、セックスは面倒な運動なんかじゃない
行き先は静香が経営するLe Club Passion。静香はリョウにこんなミッションを課す。彼女の娘・咲良(冨手麻妙)とセックスしなさい、と。これはテスト。リョウが女性に対し、どんなセックスをするのかを見て、クラブで働いてもらうかどうかを決めるのだ。
咲良は生まれつき耳が聞こえない。静香という傍観者がいる前で、リョウは戸惑いながらも、咲良を抱く。体への触れ方がときに雑だったり、痛がる咲良への配慮が足りなかったり、未熟と言ってもいいセックスだったが、なんとかギリギリ合格したリョウ。
セックス中に言葉を交わし合うという、自分が慣れ親しんだコミュニケーションができないなか、リョウは不器用ながらも咲良の反応を目で追い続けて、そこから情報を得ようとしていた。
クラブに所属するホストの一員になったリョウは、指名される度に女性客との待ち合わせ場所へ出向き、話(要望や雑談など)を聞いて、ニーズを理解した上で、一人ひとりが望む形のセックスを提供するようになる。ときどき交わされる静香との会話や女性たちとのコミュニケーションを通じて、女性という性の奥深さやセックスが単なる運動ではないと悟るのだった。
彼女たちがお金を支払ってホストと肌を合わせる理由は一人ひとり異なっていること、それぞれが性に関して悩みや悲しみを抱えていることをリョウは目の当たりにする。そして、一人ひとりの心に優しく寄り添うのだ。女性たちとの距離感を大事にしながら、踏み込みすぎないように、ほど良い間隔をあけて隣に座る、といった感じだから、リョウの指名本数は増えて、人気は高まっていく。
■女性たちが一人ひとり抱える性の苦しみ
映画公開時期に、松坂氏が『ナタリー』でインタビューを受けている。「女性たちが彼のどんなところに惹かれるんだと思います?」とインタビュアーから尋ねられ、松坂氏はこう答えている。
リョウは幼い頃に母親を亡くしている。
最後にかけられた言葉は「温かくして、いい子でいてね」というもの。幼いころに母親を失った彼のショックは計り知れない。母の面影を静香に感じて、リョウは静香を慕い、自分に生きる理由、自分が他者から必要とされるきっかけを与えてくれた彼女に愛情を抱くようになったのだろう。
『娼年』では丁寧に描かれたセックスシーンが続く。
夫に彼女がいる女性。
妻が他の男性とセックスする様子を見たいと望む性的に不能な男性(実は不能ではなく、「寝取られ」が趣味な男性だと判明)。
夫とセックスレスの女性……。
性的に満たされたくても満たされない女性たちの姿が描かれ、皆それぞれ性に対してしんどさを感じ、もがいているのだなと感じさせられる場面ばかりだ。
■女性がおしっこする瞬間を見届ける
ひとつとして同じセックスはない。人それぞれ性的嗜好が異なるから、すべてのセックスには個性がある。リョウはそれらを肯定も否定もすることなく、ただフラットに受け入れて、女性たちと向き合ってきた。「放尿する瞬間を見られることでエクスタシーを感じる」という女性とも真摯にコミュニケーションを交わす。
彼女はリョウに勇気を出して打ち明けた。私がおしっこをするところを見ていてほしい、と。過去に付き合った男性に頼むと大抵引かれ、気持ち悪がられてきた。「リョウくんも引くかもしれない」という彼女の不安を打ち消すように、リョウは「見せてください」と言う。
居間に立ったまま、彼女はリョウの前で勢いよく放尿し始める。リョウはそれをただただ見つめ、彼女がすべてを出し切ったあと、近くに寄って頭をそっと撫でた。笑顔で。ギョッとしたり、「おしっこ? 何言ってんの?」と否定したり、バカにしたりするシーンかもしれないけれど、リョウは最後の最後まで見届けた。
自身の性的嗜好を雑に扱われたり、踏みにじられたりして、かつて傷ついたことのある女性が見ると、心が癒やされるシーンなのではないかと思う。
『娼年』はリョウというひとりの若い男性の成長物語であり、多様な性的嗜好がこの世に存在していること、女性が性欲を満たしたいと思うのは当然であること――そんな見過ごされてきた、スルーされがちな「性のあたりまえ」を伝えてくれる作品だ。
Text/池田園子
画像/Shutterstock
※ この記事は2018年11月24日に公開したものです。
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