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恋に真剣な人をバカにするな

家族、友人、恋人……暮らしの中で生まれる関係性は無数にある。その数だけでなく、関係の濃度や強度だって人それぞれで、だからこそ「家族だからこうだよね」と自分の価値観を押し付けることはできないし、「友達よりも恋人の方が大切」という優先順位だって勝手に決められない。それはきっと、自分にも相手にも言えることなんだと思う。

恋に真剣な人をバカにするな

「私、ずっと恋愛のことばかり考えてきたの」

トシコちゃんは言う。

「脳内を円グラフにすると、恋愛が7割くらい占めてて。今まで、それが普通だと思ってたの。でも最近、気づいたの。女の人がみんな、私と同じくらい恋愛のこと考えてるわけじゃないんだね」

そう言うと、彼女は困ったように眉を八の字にして笑った。私はなんて言ったらいいのかわからなくて、無言のままお抹茶をひとくち飲む。窓の外は見事な日本庭園で、赤い寒椿が美しかった。

■恋愛の話ばかりする女友達

私とトシコちゃんの出会いは3年前。当時私が働いていた山小屋に、彼女が短期バイトで来たことで知り合った。

彼女は私よりも少し年上で、出会ったときすでに結婚していた。よく笑う明るいお姉さんという印象。一緒に働いていたのはたったの1カ月だけど、その後も友人として年に一度は会う。

その日、私たちは京都のお寺に写経をしに来ていた。そのお寺は6畳くらいの部屋がいくつかあり、写経後はそこでお抹茶とお菓子を楽しめる。お寺の人が「ふすまを閉めて長居してもいいですよ」と言ってくれたので、私たちはまるでカフェにいるようにくつろいでいた。

トシコちゃんは「恋愛のことばかり考えていた」と話しはじめる。

「山小屋で出会った人ってみんなそれぞれ、恋愛以外に大切にしてるものがあるでしょ。夢だったり、ライフワークだったり……。はじめは、みんな変わってるなーって思ってたんだよね」

アイラインをきっちり引いた瞳で、私の目をまっすぐ見つめながら話す。彼女のそういう一生懸命な雰囲気はとても魅力的だ。

「でも、いい年して恋愛のことばっかり考えてる私のほうが変なんだよね、きっと。みんな私のこと、恋愛にしか興味ないつまらない奴って思っただろうなぁ。自分が恥ずかしくなっちゃった」

そう言われて、リアクションに困った。

そんなことないよ、とは言えない。なぜなら、私自身が「トシコちゃんって恋愛の話ばっかりだな……」と呆れ気味に思ったことがあるからだ。

実は、私はトシコちゃんの恋バナを聞くのが苦手だった。彼女のことは友達として好きだし、一緒にいて楽しい。けれど、彼女が恋バナを始めると、なぜか話題を変えたくなってしまう。

その理由について、考えてみたことがある。

たぶん私は、恋愛至上主義的な価値観が苦手なのだ。

恋愛至上主義の人と話すと、「もっと他にも面白い話題はいっぱいあるのに……」とモヤモヤする。昔からそうだ。

■恋愛がもっとも優先順位の高いものだとは思わない

恋愛そのものを否定したいわけではない。

人を好きになる感情は(基本的には)美しいものだと思うし、私自身もいくつかの恋愛を経験している。

だけど、「恋愛がもっとも優先順位の高いもの」とは思わない。

おそらく、そのときどきで何かしら夢中になっていることがあるからだろう。高校生のときは演劇、専門学校生のときは小説の執筆、大人になってからは山小屋、今はエッセイの仕事。それらが脳内円グラフの大きな割合を占めているので、相対的に恋愛の占める割合が少なくなる。

それに、「あらゆる人間関係において恋人が最優先」とも思わない。

もちろん恋人のことも大切だけど、同じくらい、家族も親友も大切だ。そこに序列をつけたくない。

だから、「友達以上恋人未満」という言葉が嫌いだ。

なぜ、友達より恋人が上なんだ。友達が恋人の下位概念だなんて、誰が決めたんだ。友達と恋人は別物だから、比べようがないだろう。「以上」や「未満」といった言葉で序列をつけるのはおかしい!

……と、高校生くらいから言っている。

昔はもっと潔癖にこの持論を主張していて、「誕生日は彼氏と過ごすんでしょ?」と言われただけで、「なぜ、特別な日を過ごしたい相手が恋人だと決めつけるんだ! 私は恋人が最優先だと言った覚えはない!」と、憤っていた。

今は、そんなに怒ることはなくなったけど、基本的にその考えは変わらない。

■私が本当に嫌だったこと

「恋のことばかり考えている自分が恥ずかしくなった」と言ったあとも、トシコちゃんは恋バナを始めた。

だけど、彼女の話しぶりは、以前とはあきらかに違う。

それまでのように、「男の人ってこうだよね」「恋愛ってこうだよね」と類型化して決めつけることがなくなった。また、彼女の言葉の奥にうっすら見え隠れしていた「サキちゃんもこう思うよね?」が、まったく見えなくなった。

私は彼女の恋バナを聞いても、それまでのように話題を変えたくはならなかった。

そして、気づいた。

私は、恋愛至上主義が嫌なのではない。「あなたもそう思うよね」と恋愛至上主義を押しつけられることが嫌だったのだ。

恋愛が第一じゃない人間だっているんだ! みんながみんな、自分と同じくらい恋愛に関心があると思ってくれるな!

そんな気持ちがトシコちゃんの恋バナを遠ざけていたのであって、恋バナそのものが苦手なわけではないと気づいた。

ふと、ある疑問が胸によぎる。

私は、心のどこかで「恋愛以外に大切なものがあるほうがカッコイイ」と思ってはいないだろうか?

恋愛至上主義を押しつけられたくないと言いつつ、それを見下して優越感を抱いているのでは?

……そんなことない、とは言い切れない。

そういった気持ちが自分の中にあることに気づき、たまらなく恥ずかしかった。

ごめん。

トシコちゃんの横顔に、心の中で謝った。

■恋に真剣に打ち込んできた人もいる

その頃、トシコちゃんは配偶者と離婚に向けて話し合っていた。

彼女が配偶者と出会ったのは20歳のときだと言う。彼女の恋にはさまざまな障壁があり、それらを乗り越えて結婚するまでには10年かかったそうだ。結婚してからもたびたび問題が起こり、彼女は頑張って乗り越えてきた。だけど、ついに糸がプツンと切れてしまい、離婚を切り出した……というわけだった。

「気づいたらいい年で、子どももいないし、仕事にやりがい感じてるわけでもないし、目標もないし。若い頃から恋愛しかしてきてないから、離婚したらカラッポになっちゃうね」

彼女は眉を八の字にしながらも、無理して明るく振舞っているような、あっけらかんとした声で言った。


……違う。


彼女は「恋愛しかしてこなかった」のではない。「恋愛をしてきた」のだ。

真摯に相手と向き合い、自分と向き合い、一生懸命に恋をしてきた。私が演劇や小説に打ち込んでいる間、彼女は恋愛に打ち込んできたのではないだろうか。

打ち込む対象に優劣なんてなく、そこには差異だけがある。

なのに私は、「恋のことばっかり考えてるなんて……」と少し否定的な感情を抱いてしまっていた。「恋に真剣な人をバカにするな!」と自分で自分のことを叱る。

そういう私のような人間がいるから、トシコちゃんが自分のことを「カラッポ」だと思ってしまうんじゃないか。

「……カラッポじゃないよ。トシコちゃんは素敵な人だよ」

彼女は少し照れた表情で、アイラインをきっちり引いた瞳を細める。やっぱり素敵だ。

すっかり薄暗くなった庭で、寒椿が美しく咲いていた。

吉玉 サキ

1983年生まれ。noteにエッセイを書いていたらDRESSで連載させていただくことになった主婦です。小心者。

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