1. DRESS [ドレス]トップ
  2. カルチャー/エンタメ
  3. 尾野真千子「なにくそと思ってがんばってきた。その積み重ねで強くなれたと思う」

尾野真千子「なにくそと思ってがんばってきた。その積み重ねで強くなれたと思う」

スタジオポノックの短編アニメーション『ちいさな英雄―カニとタマゴと透明人間―』が8月24日に封切りされる。3つの作品のひとつ、『サムライエッグ』でママ役を演じた尾野真千子さんにインタビュー。

尾野真千子「なにくそと思ってがんばってきた。その積み重ねで強くなれたと思う」

尾野真千子さんは一つひとつ丁寧に言葉を選ぶ人。じっくり考えながら話すときは、時折目を伏せて、ゆっくりと口を開く。家族の話になると、表情がふわりとやわらかくなった。

尾野さんが声の出演をした『サムライエッグ』は、たまごアレルギーを持った少年シュンとその家族が懸命に生きる姿を描く人間ドラマ。実話を元に作られている。

■新しい挑戦をしたかった

デビュー作『萌の朱雀』(河瀨直美監督、1997年)で第10回シンガポール国際映画祭主演女優賞、同監督と再びタッグを組んだ『殯の森』(同、2007年)ではカンヌ国際映画祭グランプリを受賞するなど、高い演技力が評価されてきた尾野さん。

以後、『そして父になる』(是枝裕和監督、2013年)、『きみはいい子』(呉美保監督、2015年)、『ナミヤ雑貨店の奇蹟』(廣木隆一監督、2017年)など、数々の話題作で輝く演技を残してきた。

一方、声の出演はほとんどない。新しい挑戦ができること、作品が好きなジャンルだったこともあり、オファーが来たときは楽しみしかなかった。ただ、収録中は声だけで表現することの困難さも感じたという。

「普段のお芝居では、自分の生身を出して役を作ることが多いです。ちょっとした動きでも気持ちを伝えることができます。でも、声だけとなると、身体の動きで伝えることはできません。どう表現していいのかわからなくて、はじめのうちは苦戦しましたね」

■大切な両親と3人の姉

過去に出演した作品で、ママ役を演じたことがある。その経験を思い出しながら、今まで通り自然に役を演じる気持ちで取り組むと、戸惑うことは少なくなった。

「細かいことは気にせずやっていました。声は尾野真千子そのものですしね」

温かい笑みを浮かべて、現場をふわっと和ませる。今回演じたママと実のお母さんとで、重なるところがあるかと尋ねると、ひとつ息を吐いて話し始めた。

「私もね、子どものころ、体が弱かったんですよ。小児喘息や肺炎になって入院したときは、母につきっきりになってもらって。今回ママ役を演じてみて、当時のことを思い出しました。

母におぶってもらって病院へ向かっているとき、『私、がんばるね』と言ったのは覚えています(笑)。

お母さんを独り占めにしている申し訳なさと姉たちが怒るんじゃないかっていう気持ちがあって、皆そんなに気にしてないのに、子どもながらに気を遣っていました」

打ち明け話をするかのように、そっと話してくれた。4人姉妹の末っ子として生まれた尾野さんは、「それなりに怒られて、褒められてきて、幸せな親子です」と家族のことを語る。

母と姉妹とのグループLINEを作り、1日に1回はやりとりをする。娘たちから贈られたiPadで、母もLINEを使いこなしている。尾野さんが出演する作品を必ず初日に観にいく母からは、「今日行ってくるね」「良かった」といった短いテキストが送られてくる。

■家族の存在が走り続ける原動力

年に一度、尾野家の恒例行事がある。尾野さんと両親、姉ひとり、その家族とで旅行に行くという。けっこうな人数での移動になるため、バスを一台貸し切る。今年は年始に飛騨山脈を訪れた。

「遠足みたいですね」と伝えると、「超楽しい。ふふっ。私たち娘が当時部活をやっていて、あまり家族で旅行に行けなかったので、今そのときのぶんを楽しんでいます」と目を輝かせる様子がかわいい。

女優活動は今年で21年目。芯の強さや人間味あふれる演技に定評があり、主演としても脇を固める女優としても、欠かせない存在になった尾野さん。

どうしてここまで走ってこられて、今もスピードをゆるめることなく走り続けられるのか。尾野さんは即答する。「親孝行したくてね」。

「芝居がしたい」「売れっ子になりたい」。そんな思いだけで、高校卒業後、奈良から上京。映画界で知らない人はいない賞をとったからといって、最初から順風満帆な女優人生を歩んでいたわけではなかった。

財政的にピンチのときは、母がお小遣いや地元でとれた野菜を送ってくれて、それでなんとか生きていた時期があったという。

「そうやって支えられる中で、親が喜ぶ作品にどうにか出演できないものだろうかと考えるようになったし、出演したら喜んでもらえるし、だんだん家族孝行みたいになってくるんですよね。

たとえば母は、作品を観て何年か経ったころに『お母さん、あの作品好きやったわ』なんて感想をくれます。そういうのを聞くと、がんばってきて良かったなって思えます。

今も仕事をする原動力は、家族孝行をしたいっていう気持ち。お給料が入ったら家族のために何かできないかなと考えて、私は余ったお金で自由をもらう。そこは長い間、変わらないですね」

■「肝が据わりすぎた自分が怖い(笑)」

キャリアを積み重ねてきて、変わってきたこともある。駆け出しのころは、たまに行く現場での待ち時間、どこか居心地の悪さを感じたり、よそ者感を実感したりと、葛藤があったという。

「1〜2シーンの出番しかない状況だと、溶け込めていない気がするし、周りは親切にしてくださっても、自分のなかで『1シーンだけ』という思いが強いから、早く帰りたい……って思ってました。芝居中はそういうことを考えないんですけど、芝居に入る前後は気持ちが揺れていましたね」

主演でも、そうでなくても、たくさんの作品に出演することで、自信というベールを1枚ずつ積み重ねてきた。

「今はとりあえず突っ込んでこう、と(笑)。肝が据わりすぎて、自分でも怖いと感じることがあります。だんだん変わってきましたよ」

最後はそっと優しく付け加えるように言う声は、しなやかな強さを感じさせる。当時よりもかなり分厚くなった自信のベールが、尾野さんをふわりと覆っている。

「今は自分が現場にいる意味を発生させたい。極論、1シーンの出演であっても、どうにかそこに尾野真千子がいた痕跡を残したい」。穏やかに語りながらも、言葉には力があふれていた。ときに見る者の心をえぐる演技をする尾野さんという女優の芯にふれた気がした。

「ホント、なにくそなんですよね。ずっとなにくそと思ってがんばってきて、それが重なって、今強くなった自分があるんじゃないかな」

変わらないことと変わったこと。女優としての経験をこの先さらに積むなかで、どんな変化を見せてくれるのか。現場で全員と目を合わせ、「ありがとうございました」と丁寧に礼を言い、かろやかに去っていった尾野さんの凛とした後ろ姿が今でも残っている。

■作品情報

映画『ちいさな英雄―カニとタマゴと透明人間―』の『サムライエッグ』
2018年8月24日(金)より全国公開

出演:尾野真千子、篠原湊大、坂口健太郎
監督・脚本:百瀬義行
音楽:島田昌典
配給:東宝
(C)2018 STUDIO PONOC

Text/池田園子
Photo/タカハシアキラ

DRESS編集部

いろいろな顔を持つ女性たちへ。人の多面性を大切にするウェブメディア「DRESS」公式アカウントです。インタビューや対談を配信。

関連するキーワード

関連記事

Latest Article