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東京、築40年、おっちゃん物件

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のんびりとした空気が漂う東京は荒川区「尾久(おぐ)」。まったりとした下町情緒が流れるこの町で、「トダビューハイツ」の大家をしているのは戸田江美さん。東京で生まれ育ち、東京で暮らす人々に寄り添う彼女の目に、この街はどのように映っているのでしょうか。8月特集「東京の君へ」に合わせて、そんな想いを綴っていただきました。

東京、築40年、おっちゃん物件

にぎやかで華やかで、せわしくてゴミゴミした場所に心の余裕が削られてしまうときもある。通勤ラッシュは戦場だし、肩がぶつかっても謝られることは少ない。

けれど東京は100%冷たいわけじゃない。

渋谷の交差点を歩いていたらお姉さんが走って来て「お洋服に値札つけっぱなしですよ」と小声で教えてくれた。お気に入りの新品を着るからって浮かれすぎた。

電車で爆睡して隣のおばさんにもたれかかってしまい謝ったら「あなた疲れてるんだから、全然いいのよ」と言われた。


私が生まれ育った町は、東京都荒川区。

「あ、乗車間に合わなさそうって走ったら路面電車の運転手さんがドア開けて待っててくれました」とか「写真撮ってたら商店街のおじちゃんに話しかけられました」とか、うちに来る人はよく荒川区エピソードを作ってくる。道中、そういう出会いがある町。

ツンケンした人もいるし、下町特有の、ときにめんどくさいお節介や噂話もある。

冷たさよりは、人の温度を近くに感じる町。

今回書くのは、そんな私の東京の生活。

■東京で育って、東京で暮らす

「待合室で偶然一緒になって、じゃあ一緒に帰りましょって、送ってくれたの」

近所の病院に行ったおばあちゃんが、住人さんと一緒に帰って来た。

住人さんというのはおばあちゃんが大家をしているマンション「トダビューハイツ」に40年、ご夫婦で住んでいる。築40年だから、マンションが建ったときから住んでくれている古株。

そんな住人さんとのつながりがあったから、地元である東京を出て、初めて一人暮らしをしたとき「あ、ここには住人さん、いないんだった」ってちょっとさみしくなった。

彼氏と手を繋いで歩いてると後ろから自転車のベル鳴らして「仲が良くてけっこう、けっこう」って言ってくるおじちゃん。

「今日の服イケてるじゃん」ってほろ酔いで言ってくるおばちゃん。

「家賃渡しに行っておばあちゃんとお喋りするのが楽しいんです」って言うお兄さん。


東京の実家に戻って来たときは、おばあちゃんも、マンションにいる住人さんも「おかえり」って言ってくれて、そういえば一人暮らし中は「ただいま」って言ったことなかったなと思い出した。

私がおばあちゃんから大家を継いで、初めてした仕事は入居者募集。不動産サイトでは「築年数が新しい」とか「駅近」とかでソートされるから、トダビューハイツはなかなか表示されない。こんなに楽しい住人さんが長く住んでくれている物件なのに。

だから自分で、ネットで細々と呼びかけてみた。洗濯機が外置きで、お風呂がタイル張りで、エレベーターのないまるで「おっちゃん物件」だけど、住んでくれる人いませんか。あわよくば、「こんにちは」とか「ただいま」とか言い合える人だといいな。

内覧のとき「洗濯機外置きですけど、台所が古いから低いですけど、大丈夫ですか?」と聞いたら「それよりもプラス面のが多いので大丈夫です」と言った人が入居してくれた。

「戸田さん、落語好きですよね。ネットで見ました」と言って落語家も入居を決めてくれた。「引っ越し終わったら落語会やりましょう」と内覧のときに話した。

大学受験とか仕事とか今まで一生懸命やったことはそれなりにあったけど、泣くほどうれしかったことはこれが初めて。入居応募者、誰もいなかったらどうしようって寝付けない日が報われた。

大家って、町に好きな人を呼べる仕事なんだ。

新しい住人さんとお花見に行ったり、町のイベントに一緒に参加したり。ご近所さんも含めてご飯を食べた日は、みんな自転車に乗りそれぞれの路地を曲がっていく。「俺コッチだから! またね!」って別れるの、なんだか小学生の放課後みたい。

商店街の万国旗、のんびり走る路面電車「都電」、銭湯、原っぱ。

家の前に椅子を出して、蚊取り線香焚きながらご近所さんとおしゃべりしているおばあさん。公園に集まって将棋大会を開いているおじいさん。路地で鬼ごっこしているうちに気がついたら人の家の中庭に迷いこんでしまう小学生。「やっぱり生まれ育ったこの町が好きだ」と戻ってきた若者たち。

トダビューハイツがある東京都荒川区は目立った観光地がないけれど、ゆるさがある。ポッケに手つっこんで、ゆっくりぶらぶら歩きたくなる。だから私はこの町に住み続ける。

目指すは老後、病院の帰り道、住人さんと一緒に帰ってくるおばあちゃん大家さん。


Text・Photo/戸田江美(@530E

トダビューハイツ大家

https://todaviewheights.com

DRESSでは8月特集「東京の君へ」と題して、夢や希望を持って上京し、東京で活躍する「表現者」たちの“東京物語”をお届けしていきます。

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DRESS編集部

人生を自分らしく楽しむ大人の女性たちに、多様な生き方や選択肢を提案します。

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