まずは産まれてから考えよう──「子どもを産んだら出世できない?」と不安な女性に伝えたいこと
働く女性が妊娠すると不安にかられ、「もう出世はできないのか?」と聞いてきたり、「給料を上げてほしい」と交渉してきたりすることがある、と蜷川聡子さん。でも、自身も出産・育児経験がある蜷川さんは、彼女たちの心配事や不安が手に取るようにわかる、と言います。揺れ動く後輩たちに対し、蜷川さんが答えるのはいつも同じあの言葉。
忙しいのに迷惑、と男性部下に言われながらも無事出産した私は、いつの間にか管理職になって後輩女性たちの悩みを聞いたり、相談に乗ったりする立場になっていました。
「聡子さん、子どもを産んだら私、もう出世できないんですか!?」
ある日、いつも明るい後輩のAさんが、めずらしく声をふるわせて訴えてきました。今にも泣きそうな顔をしています。
■外された? 昇給できない? 出産を前に不安で焦る
Aさんは妊娠による体調不良がきっかけで、私のいる企画営業本部に異動することになりました。それまでは編集部でメディアを任されていたので、本人には驚きの人事だったのでしょう。
「家でも原稿は見られるし、書けますから!」
しかし、原稿チェックができたとしても、媒体はまだ立ち上げたばかり。取引先との関係づくりもこれからだし、スタッフには新人もいて日々の相談や教育が必要な状態でした。見えないところで部下の不安が高まると、彼女の立場も厳しくなります。
一方、企画営業本部では、企画ができて原稿も書けるスタッフを求めていました。異動は彼女の体調や社内の需要を総合的に判断した末の判断だったのです。しかし、Aさんはこれを単純に「外された」と感じてしまったのでしょう。
友人の会社のBさんからも相談を受けたことがありました。妊娠がわかって産休に入ることが決まっていた彼女は、切羽詰まった顔でこんなことを訴えてきました。
「子どもが生まれるからこそ、今後の生活を考えてお給料を上げておきたいんです。妊娠中だと、昇給の交渉はできないものなんでしょうか?」
■答えはいつも「産まれてから考えましょう」
いやいや、フルタイムで働けなくなるかもしれないのに、何を言っているの? と思うかもしれませんが、私ならBさんの不安が理解できます。なぜなら、これから新しい家族が増えて、お金がかかるのは見えているのですから。
そんな彼女たちに私がかけるのは、決まってこの言葉です。
「大丈夫、落ち着いて。まずは産まれてから考えましょう」
妊娠すると、「いつものあなたはどこに行っちゃったの?」と思うくらいキリキリしたり、悲観的になったりする女性がいます。ホルモンバランスが崩れ、不安を感じることが多くなるようです。私もよく怒ったり悲しくなったりして、家では夫に迷惑をかけたものです。
さらに産まれた後の子育ては、想定外のことばかりでした。続けて2時間くらいしか眠れない連続授乳とオムツ替え。出社時間を無視したスーパー早起き。食事をしようとするとなぜかその瞬間に起きて、ギャン泣きを始めて食べられないご飯。
私は、まとまった睡眠が取れないことがストレスでした。「ああ、この地獄はいつまで続くのだろうか……」と深夜に子どもを抱いて宙を見つめていたことが何度あったことでしょう。特にひとり目の子育ては、手の抜き方がわからなくてヘトヘトでした。
■産むと「できること」と「優先順位」が変わる?
このように、産んでしばらくは「出世? キャリア? いまそれどころじゃないのよ!」という状態になる人も少なくありません。
でも、しばらくすると落ち着くことがほとんどです。不安定な状態での決断はろくなことになりません。まずは出産と育児という大事業に集中した方がよいのです。
子どもに対する愛情の芽生えも大きいです。今まで仕事が世界の中心で、産む前には「キャリアに穴を空けたくない」と焦っていた人でも、産後は急に子どもが大事になったりします。大切なものが変わるのです。これは本当に不思議です。
もちろん、すべての人がそうなるわけではありませんが、出産ではそういう天地がひっくり返るようなことが起こり得る。だから言うのです、「まずは産まれてから考えましょう」と。そして、こう続けるのです。
「産んでみないとわからないことは多いし、たぶん1日のタイムスケジュールも変わるから。生まれる子どもによっては、保育園からしょっちゅう呼び出されることもあるし、そうでないかもしれない。だから、まずは子どもを産んで戻ってきてから、自分がどんなペースで働けるか考えてみたらどうかな」
■子育てはいずれ落ち着く。そのときまた働き方は変わる
結局、あんなに不安な顔をしていたAさんですが、復帰後は大活躍。子育てのバタバタを笑えるコピーとともに投稿する彼女のSNSも人気があります。
Bさんは、オフィスに子どもを連れてきてくれました。「赤ちゃんかわいいです」「子育てナメてました」と言いながら、すっかり柔らかな母親の顔になっていました。
彼女たちはいま、子育てとのバランスを取りながら働いています。それでもいつか子どもに手がかからなくなり、仕事の優先順位が上がってくれば、再び大きな責任を担うことができるはずです。そうなれば、自然と昇給も実現できるでしょう。
私の場合は、上の子が小学校中学年になったあたりから、夜の会食も行けるようになりました。執行役員となり社内の責任範囲が重くなったのも、ちょうどその頃です。
「え、そんなに何年も!」と思うかもしれないけれど、大丈夫。年をとると、忙しい1年はあっという間ですので。
Text/蜷川聡子