手紙は「人を動かす最強ツール」である【編集者 竹村俊助】
メールやSNSなど簡単に連絡がとれる手段が多い今、あえて手紙というツールを選ぶケースや、その目的とは――。『週刊文春編集長の仕事術』(新谷学)、『佐藤可士和の打ち合わせ』(佐藤可士和)などの書籍を手がけてきた編集者の竹村俊助さんに、「手紙で伝える」をテーマに寄稿いただきました。
こんにちは。竹村俊助です。主に紙の本の編集をしています。
本の編集者は、執筆をお願いするときによく手紙を書きます。毎回書くわけではありませんが、なかなか本を書いてくれなさそうな人に依頼をするときは特に「手紙」というツールが効力を発揮します。
伝える手段が多くある現代において、「手紙を書く」ことにはどういう意味があるのか? そして、どのような手紙を書くと相手に伝わるのか? そんなことについて語ってみたいと思います。
■手紙を選んだ時点で、差はついている
世の中にはいろんな伝達ツールがあります。LINEにメール、メッセンジャー。そんななかで、もっとも古典的な「手紙を書く」という手段をとることは、それ自体が大きなメッセージになります。手紙を選んだ、ということ自体がメッセージなのです。
手紙をもらった相手には「わざわざ自分に手紙を書いてくれたんだ」「自分のために時間を使ってくれたんだ」ということが伝わります。手紙を書くと決めた時点で、すでに他とは差がついているのです。
手紙を送れば、相手もきっと喜んでくれるはずです。もちろん、ストーカーのようにひたすら長い思いだけが綴られた手紙は気持ち悪いかもしれませんが、相手のことを考えて、きちんと思いやりをもって書けば、手紙は必ず成功します。手紙というツールはそれを選んだ時点で成功だ、とも言えそうです。
もちろん、なんでもかんでも手紙で送ればいいというものでもありません。時と場合、相手にもよるでしょう。「手紙は重い」「非効率だ」などと思われそうな相手には送らないことです。そういう人には、ツイッターのDMやメッセンジャーなどで連絡を。いまの時代、ツールを選ぶ時点ですでに「メッセージ」は始まっています。
■人を動かす手紙の書き方
これまでに佐藤可士和さんや『週刊文春』編集長の新谷学さん、 まだ形にはなっていませんが隈研吾さんらに手紙を書いてきました。編集者のぼくが手紙を書くときには「目的」があります。「本を書いてもらう」という目的です。そのためには「人を動かす」手紙を書く必要があります。
では「人を動かす」手紙はどのように書けばいいのでしょうか?
まずひとつめは、なによりも「自分のことを伝える」ことです。「自分が何者なのか」を伝えることは大前提です。
想像してみてください。見ず知らずの人から自分宛に手紙が来るところを。人によっては怖いし、不安になるでしょう。それをなるべく早い段階で払拭することです。自分はどういう人間で、どういう仕事をしていて、何を考えているのか。「自分は怪しいものではない」ということを伝え、少しでも信頼感を高めましょう。
ふたつめに、「なぜこの手紙を書いたのか」を伝えましょう。そして「あなたに何をしてほしいのか」を書くことです。目的、結論を手紙の前半で書くことは、相手への思いやりにもなります。長々と自分のことを書いたあと、最後にやっと目的が書かれている。そういう手紙は相手の時間を無駄に奪ってしまいます。目的や結論は手紙の1枚目には書いておきたいところです。
「なぜ手紙を書いたのか」を述べるなかで「相手の尊敬する部分」「相手の好きな部分」も伝えましょう。そして「なぜ『あなたに』これをお願いしたいのか」を伝えていきます。
編集者のぼくの場合だったら「なぜ本を書くことが必要なのか」「本を書くことであなたにとってどういういいことがあるのか」「本を書くことで社会にとって、この日本にとって、どういういいことがあるのか」を伝えていきます。
■『週刊文春』新谷編集長に送った手紙
ぼくは2016年の秋に『週刊文春』編集長の新谷さんに手紙を書きました。『週刊文春編集者の仕事術』という本を書いてほしかったからです。
ベッキーの不倫を筆頭にスクープを連発していた週刊文春は、出版不況と言われる中でもいくつも完売を出し、輝き続けていました。一方、ぼくは紙の本が売れなくなっていく中で、どうすればいいか悩んでいました。よって、週刊文春の仕事ぶりやメディア戦略などを書いてもらうことで、出版・コンテンツ業界のみならず、多くの人の力にもなるはずだと考えたのです。
また、新谷編集長の情報を集めていくと「世の中をおもしろがることが大切だ」というのが彼のコアな哲学だということがわかってきました。ぼくはその考え方に賛同し、感動したので、そのことも手紙のなかで伝えました。
そして『週刊文春編集長の仕事術』を書くことで、その「おもしろがる」という精神を広め、閉塞感のある世の中を明るく、おもしろくできるのではないかということも伝えました。その結果、数日後にお電話をいただくことができ、本をつくることができたのです。
ちなみにどのようにして新谷さんの連絡先を知ったのか? 答えはシンプルです。特にツテもコネもなかったので『週刊文春』の裏表紙に記載してある文藝春秋の住所に手紙を送った。ただ、それだけです。
■右脳と左脳に訴えかけると人は動く
「人を動かす手紙」を書くうえで大切なのは、「右脳(感情)」と「左脳(論理)」の両方に訴えかけることです。
論理的な文章やわかりやすい文章は「左脳」に訴えかけることはできます。しかし、それだけでは人の感情を動かすことはできません。よって、右脳にも働きかけることが大切なのです。
ラブレターのことを考えてみましょう。理路整然と「自分と付き合うことにどういうメリットがあるのか」をとうとうと書いてある手紙を読んで「付き合いたい」と思うでしょうか。やはり感情を入れて「いかにあなたのことが好きか」を書いた方が人の心を動かします。
論理だけではなく感情を動かすことが大切。頭だけでなく、心に届けることも大切だ、ということを意識するといいと思います。
手紙とは、想いの伝わるちょっとした「プレゼント」です。たった数枚の紙だけれど、想いをのせて伝えることのできる素敵な贈り物なのです。仕事で使う機会がなくても、たとえば旦那さんや奥さんに、彼氏、彼女に、ご両親に、日頃お世話になっている方などに、少しだけ時間を作って手紙をしたためてみてはどうでしょうか。
文章はうまくなくてもいいのです。むしろ、ちょっと下手なくらいのほうがいいかもしれません。ただ理路整然としたものよりも、感情が溢れ出てくるような、ちょっぴり不器用で下手な文章も、それはそれで魅力的です。
「人を動かす手紙」についていろいろ述べましたが、最大のポイントは、書き手であるあなたが「楽しむ」ことです。論理や感情などのポイントをおさえながらも、楽しみながら手紙を書いてみてほしいと思います。
Text/竹村俊助(たけむら・しゅんすけ)
書籍編集者。早稲田大学政治経済学部卒業後、星海社などを経てダイヤモンド社へ。担当作に『ぼくらの仮説が世界をつくる』(佐渡島庸平)、『週刊文春編集長の仕事術』(新谷学)、『佐藤可士和の打ち合わせ』(佐藤可士和)など。2016年より宣伝会議「編集ライター養成講座」講師。「編集をもっと軽やかに、出版をもっと自由に」を掲げて活動中。
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