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肉食女が父より年上の既婚者に「負ける」まで【キス・オブ・ライフ #4】

女の人生を彩る忘れられないキスを実話7割、創作3割で描くストーリー連載「キス・オブ・ライフ」。今回話してくれたのは、無敵の処女時代を経て肉食女子となったデザイナーの女性。父親より年上の既婚者に「負けた」と感じ、今も引きずる屈辱のキスとは……。

肉食女が父より年上の既婚者に「負ける」まで【キス・オブ・ライフ #4】

なぜだろうなぜだろうって、夫と子供、家庭を持った今も思い出しては、あのときのキスをひきずっているんですよ。組み伏せられ、掃除機みたいに吸われたキスで我に返って「あんた今までそんな風にやってきたわけ?」と父よりも年上の彼を蹴り上げたあのときの感情に名前がついたら、私の何かが、ようやくどこかの引き出しに収まるのかもしれないですね。

■父より年上の既婚者と……初めて自分が汚れたような気がした

初めて、自分が汚れたような気がした

仕事とは寝てもいいって思うくらい、大好きでした。デザイナーとしての経験値を上げながら、自信もついていて。だからあの夜、私はあの人の才能をセックスを通して吸い取りたいと思った。

仕事で疲れていたところにビールなんか飲んじゃったもんだから変に気前良くなっちゃって、本当は好きでもないのに自分から誘ったんですよ。相手は自分が勤めていた小さなデザイン事務所の社長、父より年上の既婚者でした。

当時私は27、社長は50代前半。ホテルに入って、自分からキスを仕掛けたつもりが掃除機みたいに吸われて、あれっ、こんなの私が想像していたのと違うって、我に返ったんです。

でも相手は組み伏せてくる。「あんた今までそんな風にやってきたわけ?」と蹴り上げて枕を投げつけてやめさせたら、社長は「途中で止めるのも男の甲斐性かな」なんて言って、その余裕風を吹かせるような言葉にも屈辱を感じて。

家に帰って、それまでの主体的で積極的な肉食人生で初めて、自分が汚れたような、被害者になったような気がしました。忘れられない、今も引きずっているキスです。

■無敵の処女時代から、肉食驀進人生へ

無敵の処女時代から、肉食驀進人生へ

私、処女を捧げたときに内なる野獣が目覚めて以来、肉食なんですよ。セックスっていいもんだなって。学生時代からもう常に、「私が」カラダ目当てなんです(笑)。

少女マンガで育って、無敵の処女時代を過ごしました。男の子と付き合って、相手が体の関係になりたがると「そんなの愛じゃない」って振る。付き合っては違う、というのを数々やって、ところが一回「やって」からは肉食が目覚めて、男メンタルで相手を「いただく」ように。

Win-Winの関係だと思っていたから、被害者感覚はなし。誰のことも好きじゃなくて、学生から20代にかけては片っ端からカラダを奪って(笑)、ああだこうだと恋愛の数だけをこなしました。

■プロとして力をつけるしかないなって

プロとして力をつけるしかないなって

美大を卒業して、小さなデザイン事務所へ入りました。社長はデザイナーとしてピカイチに優秀で世間の評価もあるけれど、人格破綻者で経営はからきしダメ。よくある話です。

多くのデザイン事務所がそうなんですけれど、広告代理店の下請けをしていたんですね。すると代理店の社員が粋がってて、大したことしてないのに、いいコートをヒラヒラさせて上前はねていく。力をつけるしかないなと思いました。

すべてがチャンスで修行で、おじさんの自慢話を聞かされる飲み会も仕事だと乗り越えてはきた。自分のデザインが形になる喜びを燃料に努力してきたから、同僚や先輩たちにも、あの代理店のヒラヒラした人にだって負けなくなったと、プロとしての自信がついてきていたんです。でも、会社の経営は苦しかったですね。

その矢先に、社長とそういうことに。今までどんな男とセックスしてもそんな気持ちにならなかったのに、彼との初めてのキス、たった一つのキスで「被害者」の気分になった。

それでどこか自棄になったのか、それとも私の中で屈辱の理由を解き明かしたかったのか、未遂で終わったはずの関係をその先もずるずると続けちゃったんです。もう「どうせやること一つならこの人でいいや、仕事も忙しいし」って心境でしたね。……うん、たぶん、情が移っちゃったんですね。

■債務返済に付き合ったのは、「既婚者に手を出した責任」を取るため

債務返済に付き合ったのは、「既婚者に手を出した責任」を取ったから

社長が経営下手なところに、不況でデザイン料の単価がどんどん下がって、会社はいよいよ苦しくなりました。運転資金だけでも毎月借金が積み上がり、既婚者の社長は不動産も車も売って、あとは自宅だけ。社員はみんな離れていって、私も「申し訳ないけれど、もうお前の給料も払えない」と言われて転職したけれど、心配で気になってずっと経理を見続けました。

経営下手でアーティスト気質の社長ですから、返済は一進一退。そこに社長の友達が、「調べたらあいつの自宅はちゃんと奥さん名義になってるから、自己破産させたほうがいいよ」と助言をくれて、10年近くの紆余曲折を経て自己破産手続きへ。

ようやく彼が奥さんと路頭に迷うことがなくなって、私が身を引いたころ、既に私には夫も子供もいました。彼とは子供は持てないし、でも私はどんどん年を取っていくし、「子供をつくらなきゃ」って言ったら「婚活していいよ」と言ってくれたので。はい、結婚して働いて子育てしながら、昔の男の借金返済を見守っていたんです。頭おかしいですか(笑)?

私としては、自分がかつて既婚者に手を出してしまった責任を取った、という感じなんです。でも、そうですね、満身創痍だったかもしれない。大きな秘密を隠し持ったまま、血の止まらない自分の刀傷を手当てするのも後回しに、親になって自分や家族や……「人間」と向き合い続けるのは、長い長い修行でした。

■あのキスをした瞬間、「戦い」が終わった

負けたのは戦ってたから

後悔はしていません。どんな選択も、自分が選んだって自信を持って言いたいんです。卑怯なことや、ズルいことをすると負けた感じがする。自分だけは自分のことを見ているじゃないですか、死ぬときに後悔したくない、自分に嘘をつきたくないんですよ。

自我が強いのかな、一つのキスやセックスにしても、人のせいにしないで自分で選んで納得して「したい」んですね。でも、あのキスは人のせいにしたくなった。その後、彼の人生に私は責任を取りましたけれど。償い、ですか(笑)? そうかもしれない。

ああ、あのとき屈辱だったのは、「負けた」のは、戦っていたからなんですね。肉食で、仕事も努力を続けて、そうか、私、ずっと戦っていたんだ……。確かにあのキスで、私の肉食人生は落ち着いた。「戦い」が終わったんですね……。うーん、でもあの人のおかげなんて思いたくはないなぁ。そこはきっと違う気がする。ファザコンという指摘は、結果的にその通りだと思います。

今の感想は、債務返済できて、社長が野垂死ななくてよかった、もうそれだけ。まだあの時の感情に名前はつけられなさそうですけれど、あの人が幸せでいてくれたらいい。ある意味純愛ですよね……違うか(笑)。自分を好きでいたい。寝覚めが悪いのは、イヤなんです。

河崎 環

コラムニスト。1973年京都生まれ神奈川育ち。慶應義塾大学総合政策学部卒。2000年より子育て、政治経済、時事、カルチャーなど多岐に渡る分野で記事・コラム執筆を続ける。欧州2カ国(スイス、英国)での暮らしを経て帰国後、Web...

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