疲れたときに会いたい人は、自信をくれる人だった

疲れたときにふと「会いたいな」と思うのはどんな人ですか。大好きな人に「会いたい」と思い浮かべてもらうために必要なことはなんでしょうか。お互いにとってよい時間を過ごすヒントとなる掌編小説です。

■疲れたときに会いたい人はどんな人ですか？

疲れたときに会いたい人。

あなたは誰を、思い浮かべますか？

最近の僕は、とにかく多忙だ。

月末のプレゼンに向けての準備。今回は予算も大きければ、周りからの期待も大きい。まだ薄暗いうちに起きて、誰もいないオフィス。僕がパソコンを打つ音だけ、カタカタ、カタカタと響き渡る。帰る頃にも人はほとんど残っていない。

「……会いたいな」

ぽつり、こぼす。

僕には、疲れたときに会いたい人がいる。
ネクタイを緩めながら、その人に連絡をする。あちらも仕事を終えたところらしい。「金曜だし、パーッと飲んじゃう？」軽やかな返事のせいか、僕の心もどこか弾む。

賑わっているいつもの店。
その隅で、僕たちはジョッキを鳴らす。
気取らないこの感じが、いつも落ち着くんだ。

■疲れたときに会いたい人は、僕の話を静かに聴いてくれた

「で、どうしたの？」その人は聞いてくる。
適当にでもなく深刻そうにでもなく、ちょうどいい調子で。

僕は、近況を話していく。担当している仕事、プレゼンが控えていること、チームを指揮する必要があること。そして、すこし疲れていること。

その人は、静かに話を聴いてくれる。途中で遮ることなく、ゆるやかにうなずくテンポも心地いい。久しぶりのアルコールのせいか、いつもより饒舌になった僕を許してくれるようで。

■否定しなかった

今夜は、ネガティブなことも口に出した。

いいものができるか、上手くいくか、皆のことをしっかりまとめられているか。弱音を吐いても、かっこ悪いところを見せても、その人は「そんなんじゃダメだよ」と否定しない。

疲れているときの自分の弱さは、自分が一番よく知っている。その人はそれをわかっているからか、追い打ちをかけるようなことはしない。「挑戦しているときって、不安になるよね」そう言って、やわらかく笑う。

■考えを掘り起こしてくれた

ひと通り話したあと、その人はひとつだけ聞く。

「和也は、どうしたいの？」

こうしたらいいのにと押し付けてこない。その代わり、僕の考えをぐいっと掘り起こしてくれる。そうだな、疲れているだけじゃ何も解決しないよな。

「プレゼンは成功させたい。いろんな人を巻き込んでいるから。みんなで喜びたいんだ」僕がそう言うと、その人はふふっとちいさく笑う。「仕事、ほんと好きだね」つられてこちらも、ふはっと笑う。「だよな。結局な」

押し付けないから、僕は肩の力を抜いて答えを探すことができる。

■大切なことを思い出させてくれた

「次、何にする」空いたグラスを指差して尋ねる。「やっぱりさ、金曜のお酒は最高だよねぇ」なんて言いながらメニューをめくる。これもいいそれもいいと、真剣な顔。

「そんなに悩まなくても」
「何言ってんの。いちばんいい結果にたどり着こうって一生懸命になることは、大切でしょう？」

その人は、続ける。
「悩むことは、努力している証だよ？」

お酒ひとつで大げさだなって笑う僕。
でも、その言葉はじんわりと沁みた。

悩むことは、努力している証、か。
忘れかけていたこと、思い出せたよ。

■疲れたときに会いたい人は、僕に自信をくれた

店を出るとひんやりと冷たい空気。酔っ払いが２人、おそろいの真っ白な息を空へ。

「ありがとう。何か軽くなった、いろいろ」吐き出した白の行方を見つめて、僕は言う。「いいよ。わたしも飲みたかったし。それに」

「和也なら、大丈夫」

ありがとう。そう伝えるために視線を向けると、月明かりに浮かぶ、頬の赤色。酔っぱらったよって恥ずかしそうにして、その人は僕を見つめた。