「80歳まで働く時代」に、女性たちはどう生きるべきか
長寿化が進んだ今、人生は「100年時代」に突入している。長い人生を幸せに生きるには、どう働き、どう考え、どんな力を身につければよいのか。『ライフ・シフト 100年時代の人生戦略』のリンダ・グラットン氏や安倍昭恵氏らによるトークからヒントをいただこう。
フリーランスや起業、在宅勤務など「新しいワークスタイル」が注目を集めている。働き方を含めた人生のロールモデルが多様化する一方で、その「要因」と「これからどうすべきか」をきちんと示してくれる議論は意外と少ない。今、社会に何が起こっているのか、その変化は私たちにどう関係するのか、そして、これからどう生きるべきなのか。難しい問いに向き合い、答えてくれる人がいる。
先日『ライフ・シフト 100年時代の人生戦略』(東洋経済新報社)を上梓したロンドン・ビジネススクール教授、リンダ・グラットン氏だ。彼女はこれまでも、世界的ベストセラーとなった『ワーク・シフト』(プレジデント社)や『未来企業』(同)などで、私たちの働き方が具体的にどう変わるのか教えてくれた。その変化は、これまでの企業文化で周辺に追いやられていた女性たちにとって、特に大きな意味をもつ。
今回は、彼女の来日に合わせて開かれたシンポジウム「ライフ・シフト~100年時代の人生戦略~」のパネルセッションから、女性の生き方の指針となるようなトークをお届けしよう。登壇したのは、首相夫人の安倍昭恵氏、経済学者の安田洋祐氏、grooves代表の池見幸浩氏。モデレーターの浜田敬子氏(『AERA』前編集長)も交えて、新しいライフコースはどうあるべきか語り合った。
「今後、平均寿命の伸びによって『誰もが100年生きうる時代』がやってきます。教育を受けた後、一定期間働き、そして定年退職して老後という生き方は崩れ、これまでとはまったく違う働き方、そして発想が求められるのですね」(グラットン氏)
長寿時代というと、介護や病気など暗い話題ばかり思い浮かぶが、グラットン氏は「そうではない」という。テクノロジーや医療が発達した人生100年時代には、老いの期間が長くなるのではなく、「若い期間が長くなる」のだ。
■長い人生を楽しむための、お金で買えない「無形資産」がより重要に
「長寿化は人生にとって、ポジティブな『贈り物』。だからこそ、長い人生を楽しむために必要な資産も変わってくるわけです。お金や家などの『有形資産』というより、決してお金では買えない『無形資産』が重要になってくる。長寿時代には、仕事上の専門性(○○社の課長とか部長といった肩書きではない)や地域との絆、そして仲間との友情が必要です。これらは、どれだけお金を積んでも手に入らない、目に見えない資源なのです」(グラットン氏)
グラットン氏の議論を受けて、安倍昭恵氏は自身の人生を振り返った。
「実は私、これまでの人生、特に何も考えずに生きてきたんです。5年前に大学院へ突然入学したのも、首相夫人として外交にたずさわる中で、他国の夫人との差を感じたから。コンプレックスだったんですね」(安倍氏)
「これからの人生には、きっちりした計画書がなくてもいい」とグラットン氏は語り、こう続けた。
「昭恵さんの姿勢で良いなと思うところは、自分をよく知り、多様なネットワークを築いていらっしゃるところです。(人生100年時代を生きるには)何より自分を客観視する力が必要なのです」(グラットン氏)
■硬い殻を打ち破るため、女性に期待
「グラットンさんのお話で嬉しいのは、寿命とともに健康寿命も伸びるということですよね」と安田氏。さらに、こう続ける。
「でも、前AERA編集長の浜田さんがちょっとつらそうな顔をされている(笑)。健康寿命が長くなるにもかかわらず、男女ともに長寿社会のロールモデルがないというのが、日本の問題でしょうか。浜田さんもそこに悩まれているのでは?」(安田氏)
「私はいつも悲観的な面をよく見てしまうのですが(笑)、今の私たちは『バランスある生活』ができていないんですよ。仕事ばかりで、私生活があまりにもない。だから、人生が長くなるといってもポジティブに捉えられないんですね。日本企業の多くが、長時間労働をよしとしています。そんな状態の社会が、果たして変わるのでしょうか」(浜田氏)
「これまで日本企業のシステムを見て回りましたが、私がよく申し上げたのは『御社はまるでクルミのようだ』ということです。その硬い殻を打ち破る方法、どうやって中に入ればいいのか、そのやり方がわからない。システムの殻を打ち破るには、洗練された力と、歴史的なショックが必要でしょう。たとえば少子高齢化がそのひとつになりうる」(グラットン氏)
グラットン氏は、少子高齢化という大きな問題を抱える日本で、女性の持つ力に期待する。
「日本の女性はもっと、立ち上がらなくてはならないと感じています。多くの女性たちは、自分が置かれた状況をそれほど意識していません。この社会で女性として生きるとはどういうことか、女性として働くとはどういうことか、理解したうえで声をあげれば、制度が変わる可能性はあるでしょう」(グラットン氏)
■変化を恐れない人は、強く、しなやかである
「これからは地方の時代だと考えている」と安倍氏は述べる。
「私の知人で、東京で設計事務所をしていた男性がいるのですが、出身地の下関に何か貢献したいといって田舎にゲストハウスを作ったんです。お金はクラウドファウンディングで募りました。その後、彼は下関の仕事が楽しいので、そのまま家族で移住したんです。そういう『変わり者』が、世の中を変えると思う。私たちって、東京でかっこいい仕事をしていると思い込んでいるだけで、実は、満員電車に揺られて、会社で疲れて、何かの歯車になっているだけかもしれない」(安倍氏)
自分で仕事を創れば、田舎でも生活はできるし、私も将来は下関で生きていきたい、と語る安倍氏の言葉が印象的だった。
「下関に移住した彼の話は、とても興味深いですね。クラウドファウンディングという新しいテクノロジーを使ったのもすばらしい。これからはさまざまな地域で暮らし、多くの仕事をこなせる『スイッチングコスト』の低い人が活躍できる時代です」(グラットン氏)
「僕も、表参道で13年会社をやっていたのですが、グラットンさんの前著『ワーク・シフト』を読んだのがきっかけで、生活拠点を茅ヶ崎に移したんです。通勤時間は長くなりましたが、その時間に仕事や読書ができる。家のすぐ近くが海なのでリフレッシュできますし、子育てにもいい環境です」(池見氏)
「大企業で息苦しさを感じている人は多いと感じます。でも、新しいベンチャー企業には、ライフ・シフトに対応できるような変革の息吹がある、と期待していいのでしょうか?」と問いかける浜田氏に対し、池見氏はこう答える。
「確実にあると思いますよ。35歳で転職ができなくなる、なんて説はもう古くなっていますし、新卒一括採用から通年採用へとシフトする企業も増えています。これからは、その息吹をどう広げていくかが課題ですね」(池見氏)
グラットン氏は、まだまだ日本企業の多くが「クルミのように、殻にこもっている」と話す。その殻を打ち破る「洗練された力」は、特に日本企業のシステムで周辺に置かれがちな女性たちの中にも、きっと眠っている。「システムを変えるのは、常に、そのシステムに抑圧されてきた人たちなのです」(グラットン氏)
■「人生100年時代」に、決まったライフコースはない
彼女が「人生100年時代」を生きるために必要だと話す「無形資産」(友人や隣人とのつながり、会社に縛られない専門性など)はもともと、多くの女性の得意分野ではないだろうか。女性の方が転職年齢は若い傾向にあるし、会社での肩書を男性ほどは気にしない人も多い。定年退職した夫が会社の役職を失って「濡れ落ち葉」と化すのに対し、女性たちはいくつになっても友人と旅行に出かけ、「女子会」を楽しむ。多様な人間関係や新しい環境を恐れない好奇心、そして健康があれば、人生100年時代も怖くない。
「パートナー選びも、長い人生においては重要です。実は私、60代にして先日、結婚をしたのです。相手には子どももいる。それでも結婚という選択肢を選んだ方が、お互いのために良いだろうと思ったからです。私は一度結婚して離婚していますが、人生が長くなると、こんなふうに良いこともあるんですよ」(グラットン氏)
人生100年時代に、決まりきったライフコースはない。私たちの人生の選択肢が増えるのだ。社会に出た後、すぐに働かず世界を見て回ってから就職してもいい。大学に戻るのも自由。常にフルタイムで働かなくてもいい。グラットン氏が60代にして再婚したように、パートナーを変える自由もある。地方へ移り住むのもいい。とにかく「自由」に生きてみること、そして豊かな人間関係を築くことが、人生100年時代を楽しむコツなのだ。
Text=北条かや
ライター。86年、石川県生まれ。
同志社大学社会学部、京都大学大学院文学研究科修了。
著書に『本当は結婚したくないのだ症候群』『こじらせ女子の日常』『整形した女は幸せになっているのか』『キャバ嬢の社会学』。
ウェブ媒体等にコラム、ニュース記事を多数、執筆のほか、TOKYO MX「モーニングCROSS」などに出演する。
【Twitter】@kaya_hojo
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