1. DRESS [ドレス]トップ
  2. ライフスタイル
  3. 今日あなたがサボったぶんだけ、明日誰かに優しくできる【紫原明子 連載 #10】

今日あなたがサボったぶんだけ、明日誰かに優しくできる【紫原明子 連載 #10】

がんばりすぎる人たちへ言いたい。限界まで我慢するのはやめよう。それは決していいことじゃない。大きな実害が出てしまうから。心身に余裕を持つために、自分を少しだけ甘やかせることも大切なのだ。

今日あなたがサボったぶんだけ、明日誰かに優しくできる【紫原明子 連載 #10】

高校3年生のとき、「おまえたちの勉強量はまだまだ全然足りない」「そんなんじゃ志望校に受からない」と担任の先生がよく、ホームルームで私たちにはっぱをかけていた。


今考えると私はクラスの中でもわりと勉強していた方だったし、家に帰ってテレビを見る、漫画を読む、なんてやったって、まあそれくらいあっていいよね、といえる範囲内だったので、叱責の言葉は、必ずしも私に向けられていたわけではなかったかもしれない。


だけど当時はそう思えなかった。思春期特有の過剰なエゴか、もしくは自分を客観視できるだけの思慮深さが足りていなかったせいか、世の中の情報すべてが自分に向けられていると思い、私は本当にサボり癖があるからダメな人間だなあと思っていた。それで、途中ですっかり疲れ果てて、大学受験そのものをやめてしまった。


ZARDも大事マンブラザーズバンドも、執拗に“負けるな、逃げるな、それが一番大事”と、もう何十年も歌い続けていたけれど、今、周りを見渡せば、高校生の頃の私のように、自分は怠け者、まだまだ努力が足りないという強迫観念に取り憑かれ、自分に過剰に負荷をかけた結果、心や体を壊してしまう女性が少なくない。


■私たちは、他者が自分に及ぼす影響を絶えず受け、与え続ける

投げ出すのは負けたみたいで何か嫌だし、疲れたと感じるのは自分の甘えかもしれない。休みが必要なのでなく、サボりたいだけかもしれない。そんなふうに自分を疑うから、仕事も人間関係も、どんなに辛くても投げ出せない。何より、投げ出せば誰かに迷惑をかけてしまう、そんなふうに思う。


だけど最近思う。職場や学校で我慢すればそれでみんなが幸せになって、誰にも迷惑をかけないかといえば、決してそういうわけでもないのだな、と。
それは、あなたが苦しめばあなたを大切に思う家族が悲しむよ、といった観念的な話でなく、もっとはっきりと実害が出るのだ。


何しろいくら会社で耐えたって、一歩外に出れば、今度は私たちは、その街を構成する大勢の中の一人になる。電車に乗れば、車両に乗り合わせる大勢の中の一人。コンビニで買い物をすれば、店内にいる数人の客の中の一人。


私たちは死なない限り、ゆるやかに区切られた空間の環境を維持する一人であることからは決して逃れられないのだ。たぶん、それが他者と共存するということであって、社会の中で私たちは、音や匂いや存在感といった、他者が自分に及ぼす影響を、絶えず受け、与え続けなければならない。


■心身に余裕がない限り、ノイズを許し合うことはできない

雑音や、視界の隅のチョロチョロ。体に入る感覚全部が、それぞれ意味を持って私の意識に主張し始めたら間違いなく発狂してしまう。だから、私たちはそれをスルーしたり、あるいは必要性を理解して許したり、最小限のインパクトにして自分に取り込めるよう、無意識に、即座に、情報処理を施す必要がある。


ところが、この情報処理の機能を正常に作動させるには、きっとそれなりにエネルギーを必要とするのだろう。限界まで疲れていると、うるさい音がうるさいまま、うざったい映像がうざったいまま、自分の中に入り込んでくるので、とてもじゃないけど耐えられなくなってしまうのだ。
結果、それでつい嫌な顔をしたり、文句を言ったりしてしまう。


赤ちゃんの泣き声や、ヨレヨレの酔っぱらい。オーダーを何度も間違えるカフェ店員や手際の悪い役所の窓口。道徳的には許容すべきだとわかっているのに、道徳を抜きにすればうるさいものって世の中には無数にある。気づかないだけで、自分だってその一因を作っている場合もきっと少なからずある。そういうものを許し、許され合っていかなければ生きていけない。
そしてそのためには、心と体に余力が残っていなければいけないんだろうと思うのだ。


小さな無数の命を内包する世界はきっとそれだけで大きな一つの生き物のようなもの。今日自分にかけた負荷は、きっと明日、雪崩式に、無意識に、見知らぬ誰かに強いることになる。だからこそ、今日の自分をちょっとだけ甘やかしてやれば、そのぶん明日、袖振り合う誰かに、同じだけ優しくできるのだろうと思う。

■紫原明子さんのトークイベントが開催されます!

『家族無計画』刊行記念 山崎ナオコーラ×紫原明子「家族と社会」にまつわるトーク


・日時
2016年11月11日(金)
18:30開場/19:00開演/20:00終演、終演後サイン会(20:30ころまでを予定)


※当日、お二人の近著の販売も行います
・会場
スマートニュースイベントスペース
(東京都渋谷区神宮前6-25-16 いちご神宮前ビル2F)


料金:1000円(税込)
定員:100名


詳しくはこちらから
http://kazokutoshakai.peatix.com

紫原 明子

エッセイスト。1982年福岡県生。二児を育てるシングルマザー。個人ブログ『手の中で膨らむ』が話題となり執筆活動を本格化。『家族無計画』『りこんのこども』(cakes)、『世界は一人の女を受け止められる』(SOLO)など連載多...

関連するキーワード

関連記事

Latest Article